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【背景の第三 : 整備機関に係る行政改革の実施を受けた機動的業務展開の必要性】


(5)生物資源情報

   

a.整備のプライオリティ・方向性及び整備体制の考え方

 

  《微生物のゲノム解析》

  (背景)

   バイオテクノロジーは、生物の生命現象や機能について、それを産業に応用したり、疾病治療など生命体に有用な効果 を及ぼすのに用いようとするものである。現在バイオテクノロジーにおいては、遺伝子の構造機能の解析から始まる一連の分子生物学的なアプローチが強力に進められており、これは生命現象・機能の設計図である遺伝子の働きを知ることにより生命現象・機能を演繹的・原理的に理解しようとするものとセえる。これにより、産業有用な生命機能の探索やその産業応用が、どちらかといえば偶発的要素を含んでいた従来とは違って、原理的に、システマティックに行うことを目指すものである。人の健康の保持への応用についても、より原理的・直接的アプローチとなり、その効果 が格段に向上することが期待されている。
 このように、バイオテクノロジーの生命機能の産業応用を目指す側面 と疾病治療など生命体に有用な効果を目指す側面とに分けて考えられる。まず前者については、例えば、非常に厳しい条件でも働く機能や特殊な効果 を発揮する機能など、より多様な生命機能を解析することが産業利用の可能性及び付加価値を高める。ヒトを含む動物に比べ微生物は格段に多様性を持つ(ヒトとチンパンジーの遺伝子は97%以上が同じで、微生物は近接種でも50%以上異なるといわれている。)。加えて、微生物は生体機能が比較的単純で機能解明しやすい、ヒトなどに比べ全ゲノムに占める遺伝子部分の割合が大きい(遺伝的形質を発現する上で意味のない部分が少ない)などの特徴を持つ。また、ヒトの遺伝子機能の解析を促進するためのモデル生物としても重要である。
 さらに、我が国においては、既に発酵産業、バイオリアクター等微生物を活用する産業が育っていて、微生物を扱う産業基盤が整備されており、かつ、その産業が保有する技術も世界のトップレベルであると言われている。
 ゲノム解析能力については、我が国で最も充実した30M塩基対/年の解析能力をNITEに整備したところである。NITEはこれまでに産業有用微生物として嫌気性超好熱古細菌(pyrococccus horikoshii OT3)、好気性超好熱古細菌(Aeropyrym pernix K1)、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus N315)、好酸性好熱菌(Sulfolobus tokodaii strain7)のゲノム解析を完了している*69。現在、化学工業プロ セスの改変等が見込まれる放線菌(Streptomyces avermitilis MA-4680)などのゲノム解析を実施している。

 

  ○産業応用を目指した微生物のゲノム解析とその高付加価値化

   微生物の生体機能の多様性、微生物ゲノムの特性、我が国産業における微生物利用の歴史等にかんがみると、産業応用を目指し、微生物を集中的に解析することが効果 的である。我が国で最も充実したゲノム解析能力を有するNITEが、産業プロセスの高付加価値化、環境調和比等に資する微生物を中心にゲノム解析を行い、知的基盤を構築するべきである。また、これまで蓄積してきたゲノム解析情報を有効に活用しつつ、遺伝子発現情報の解析等より利用価値の高いデータ整備を進めることが必要である。
 それには、これまでのゲノム解析能力を基盤に、さらに知見、技術を高め、必要な人材を確保していくことが必要である。

 

  ○解析する微生物種について

   解析する具体的な微生物種については、実施主体であるNITEに専門家からなる検討会等を組織し、そこにおいて世界の研究開発・技術革新の状況等を十分考慮して選定していくべきである。

 

《生物資源機関(BRC)》

  (背景)

   生物多様性条約(1993年発効)*70により、生物遺伝資源に係る主権は資源国に認められ、資源国は生物遺伝資源へのアクセスを立法措置等により制限したり、アクセスされた生物遺伝資源から生じる利益を要求する傾向にある。このような中で、欧米の製薬企業は特定の資源国の研究機関等と提携し、多数の資本を投下して将来の創薬と有用物質開発に資する生物遺伝資源を獲得している。生物多様性条約においては、遺伝資源の利用に当たっては資源国への事前の情報提供と同意を得た上で、利用から生じる利益の公正かつ公平な配分を行うことが必要とされており、現在その具体的なスキームの検討が国際フォーラムにおいて進められている。このような状況に対応するためには生物遺伝資源の収集、管理に係るナショナルセンターを整備し、資源国をはじめとする各国の同様の機関との連携体制を構築することが有効であり、産業有用微生物又は学術的に価値のある微生物等に係る生物資源機関をNITEに整備中である。

 

   ○多様な二一ズに対応できる生物遺伝資源の形態

   微生物の収集・保存については、知的基盤整備特別 委員会中間報告(平成11年12月)で2010年までに10万株程度を目指すとされているが、その中では微生物だけでなく、DNAクローン等の遺伝資源も併せて、多様な二一ズに対応して保存・提供できる体制を整備することが必要であり、これらを実現することを目指し、2005年までにはNITEにおいてNITEの中期目標・計画のとおり微生物を中心とした5万程度の生物遺伝資源を収集・保存し、提供できる体制を整備することを目指すべきである。

 

  ○収集する微生物種について

   当該分野の急速な研究開発の進展に伴う戦略的解析のターゲットの変化に柔軟に、機動的に対応できるよう、産業プロセスの高付加価値化、環境調和化、ゲノム創薬、オーダーメイド医療・医薬開発等に資する産業上有用な微生物等や学術的に価値のある微生物等の遺伝資源を幅広く収集・保存しておくことが必要である。収集する具体的な微生物種については、解析対象の選定と同様、運営主体であるNITEに産業界を含む専門家からなる検討会等を組織し、そこにおいて産業上の二一ズや世界の研究開発・技術革新の状況や資源国の状況等を十分考慮して戦略的に選定していくべきである。

 

○BRCのナショナルセンターとしての機能

   NITEのBRCは我が国の微生物資源に関する永続的なナショナルセンターとして、サービス機能(保存、分譲、技術指導等)、研究機能(分類、培養・保存技術開発等)、民間技術者の育成機能、ネットワーク推進機能(共同研究、国際協力等)を整備していくべきである。その際、官民の役割分担も踏まえ、単なる研究機関としてではなく、例えば民間企業間の遺伝資源のアクセスに関する紛争の解決をサポートするなど、我が国産業の競争力の基盤となるような機能に重点化する必要がある。

 

  ○研究者・技術者の評価

   このような微生物種の収集・分類・分譲は、学術的、技術的知見に基づいて初めて行い得るものであるが、必ずしも論文等に結び付くとは限らない地道な業務であり、NITEのBRCに限らず、各研究機関、企業等においても知的基盤備の重要性の観点からこれらに携わる研究者・技術者が適正に評価されることが重要である。また、遺伝資源の収集・分析の成果 は、遺伝子の構造・機能の解析をはじめとする生命現象の解読が進んだ後の創薬、有用物質の開発において大きな資産となること、バイオ産業に不可欠な将来への「資源備蓄」であることに留意する必要がある。

 

《ヒトゲノム関係》

  (背景)

   疾病治療など人の健康保持への応用(当該分野の産業応用も含む。)を考えると、ヒトゲノムの解析が当面 の中心的課題であった。最近、米国の民間企業、国際共同チームがそれぞれヒトゲノム解析をほぼ完了させ*71、ポストゲノムシーケンスと呼ばれる段階に入っている。ヒトゲノム解析が完了したといっても、この情報を医療、創薬等に係る産業に応用していくには、次に遺伝子部分の特定が必要である。

 

  ○ゲノム解析の次の段階ヘ

   ゲノム創薬、オーダーメイド医療・医薬開発、各個人の健康管理等を目指し、ヒトゲノムの遺伝子解析が国際的競争状況において進んでいく中で、これを効率的に行い得て我が国が独自の技術を持つcDNAの解析*72、SNPsの解析*73を引き続き進めることが効果 的である。さらに産業応用には、遺伝子機能の解析、コードされるタンパク質の機能構造の解析とこれらの情報の使いやすい形でのデータベース整備*74が必要である。

 

  ○極めて高度な研究開発分野

   これらは研究開発性がきわめて高く、かつ世界中で極めて速く進行している分野であり、高度な研究開発事業を行うとともに、その中であるいはそれと連携してその研究成果 について知的基盤としてのデータベース整備を機動的に行っていく必要がある。なお、解析法がある程度確立し、一時に集中して大量 に解析を行うことが効率的となった段階では、知的基盤整備を一義的な目的とした知的基盤整備事業として行うことが効果 的である。

 

 

○高度な研究開発とその知的基盤化の実施体制

   上述のような高度な研究開発事業は、産総研がその中核を担うとともに、国からの委託により能力と意欲のある民間事業者を活用することが効果 的である。
 一方、NITEはこれらに対して共同研究等を通 じでこれまでに培ったゲノム解析能力を提供するとともに、NITE自身の知的基盤整備機関としての能力を高めていく必要がある。

 

b.国際的取組みの視点

  (背景)

   遺伝子解析等この分野の研究については、国際的な競争と協調により成立しており、科学的事実の人類共通 の財産という考え方と産業化を目指し特許化による権利確保のバランスが国際的にも議論となっている。また、生物遺伝資源を起源とする知的財産についても、そこから発生する利益は資源国にあるという考えや、そもそも生命たる生物遺伝資源に知的財産権を設定することに異議を唱える議論が、様々な場でなされている。
 生物遺伝資源については、その安定的なアクセスの確保のため、生物遺伝資源国との恒常的な協力関係を構築することが必要である。欧米は巨大製薬メーカーを中心として遺伝資源の獲得のための国際的進出が進展してきており、たとえば米国企業は中南米の研究機関と技術移転と引き替えに包括的に生物遺伝資源を入手するというメカニズムを構築している。

 

  ○積極的な情報公開と研究インセンティブの確保

   我が国としては、科学技術政策委員会ポストゲノムの戦略的推進に関する懇談会の報告書(平成12年12月)*75に指摘されているように、国費による研究の成果 については、積極的に情報の公開を図ることを基本としつつ、着実に実用化、特許化を図っていく視点とともに、研究成果 の公表に関しては、特許取得の観点からの配慮も必要である。

 

  ○BRCを活用した積極的対応

   我が国としては、NITEのBRCを活用して生物資源の豊xな国との良好な関係を構築しつつ、生物多様性条約の関連会議やWIPO(World Intellectual Property Organization ;世界知的所有権機関)等において進められている遺伝資源へのアクセスと利益配分に関するルール・メーキングに積極的に参画すべきである。また、OECDにおいては、我が国の提案を受けて、科学技術の基盤である生物資源機関の支援のあり方についての提言の検討が行われており*76、その活動に積極的に参画する必要がある。

 

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