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【背景の第三 : 整備機関に係る行政改革の実施を受けた機動的業務展開の必要性】


(4)人間生活・福祉

(背景)

 高齢化社会の進展に伴って、新たな視点に立った国民生活の質的向上が求められている。それを実現するための基盤として、人間特性に適合した製品の開発が促進される事業環境を整備することが必要である。人間特性データベースの整備はこの事業環境を実現するための主要な要素であり、その整備にあたっては、国が基本的データを整備し、事業者がそれを基礎に自ら必要なデータを付加することを前提としている。このような観点に立って、国によるデータ取得の範囲、データの収集方法、整備体制のあり方を整理する必要がある。

 

a.整備のプライオリティ・方向性の考え方

 

○官民役割分担から見た国が整備すべきデータの位置づけ

   人間特性データベースは、国民生活の質的向上の二一ズから人間にとって使いやすい製品の開発に資するために整備される。その整備にあたって、国においては、人間特性の代表的計測項目について、実用に耐えうる程度の統計的信頼性をもって日本人全体の特性分布データを整備する必要がある。これにより、製造事業者は、個別 具体的な製品を開発するにあたって、製品毎に必要なそれぞれの特定のデータ項目について、国で整備されたデータを参照することにより、小人数によるデータでも統計的・技術的に有意なデータとして設計に利用できることとなる。
 例えば、製造事業者が、快適かつ安全な操作性を追求した自動車のステアリング位 置を設計したいときには、傾斜したシートに背中を着けた状態で、かつ、ステアリングを操作するに余裕のある肘の曲げ方をした状態の、座高、肩から手までの長さ等、代表的な計測項目でない特別 なデータが必要である。これを実際の被験者十数人程度を使って、上のデータと身長、座高、上腕の長さ、前腕の長さ等の基本項目を計測し、先のデータと基本項目データとの相関を求め、これによって上述のような寸法データベースを参照すれば、自らが得た必要項目のデータが、日本人全体の分布上の位 置が明確な統計的に意味のあるデータとなって、製品設計に活用することができることとなる。

 

○基本項目を押さえた効率的、効果的なデータ整備

   人間に適合する製品を設計するには、その製品が通 常使用される状況を想定し、その状況のもとでの人間の動作を把握することが必要である。NITE、HQLが共同で実施した「知的基盤人間特性計測技術の調査研究」によれば、日常生活の基本動作項目を選定し、この基本動作を表現するために必要な関節部の可動域等の基本動態特性18項目と、この基本動態特性との関連で抽出された基本寸法14項目に沿ってデータを取得・集積するべきであるとしている。これらの基本動態特性項目の組み合わせと基本寸法項目により、人間の主要な動きと寸法が網羅できることとなる*66。
 他方、寸法計測については、個々の項目を計測する方法から、形状計測を換算して寸法を算出する方法へと寸法計測の方法が高度化しつつあることから、新たな寸法計測方法よって、データ取得等の効率性と精度を向上させることが必要である。またその際、利用者にとって使いやすい形にデータを処理することが重要である。
 さらに、体型は時代とともに変化することを考えると、我が国国民の人間特性の実態を適切に反映するよう、JISに引用又は活用されているものなどを中心にデータの更新を適時に行うことが必要である。

 

○視聴覚等に係るデータ整備の考え方

   形態・動態特性に加えて、人間の基本機能としての知覚機能(視覚、聴覚、皮膚感覚)、認知機能(判断、記憶)についてのデータ整備も重要である。JIS/S0012(高齢者・障害者配慮設計指針一消費生活製品の操作性一)*67では、日常生活で利用される機器について「表示の分かり易さ」、「用語図記号の分かり易さ」、「報知音の分かり易さ」、「触覚による使いやすさ」について考慮することを推奨しているが、その具体内値は示されていない。
 例えば、表示の分かり易さについては「表示(文字、図記号、絵文字)は認知しやすい大きさとし、配色・コントラストについては識別 が明瞭であるよう考慮すること」とされているが、認知しやすい大きさ、配色、コントラストについての数値が与えられていない。
 こうしたことから、製品設計時に参照できる基準値の策定が望まれているが、これを策定するためには、基礎データの蓄積が必要となる。
 このため、知覚機能(視覚、聴覚、皮膚感覚)、認知機能(判断、記憶)については、消費生活製品や情報機器などの日常生活で利用される様々な機器等の操作性、視認性等の向上を目的に、JIS/S0012が推奨する「表示の分かり易さ」、「用語図記号の分かり易さ」、「報知音の分かり易さ」、「触覚による使いやすさ」やさらに操作上の機器とのやり取りについてなど、製品設計時に参照できるようなデータ整備に努める必要がある。
 具体的な計測項目については、NITE、HQL、産総研が連携し、専門家からなる検討委員会を組織し検討する。


○国自身の需要により取得したデータの公開

   国は・基本的データとして整備したデータのみならず、国自らの需要(安全性評価のためのダミーや試験方法の開発等)により取得したデータについても、積極的に公開していくことが必要である。
 これにより・民間の製造事業者が、このデータを加工して様々なユーザー二一ズに対応した新製品の開発あるいは製品の改良改善に取り組めるような環境を提供することとなる。
 尚、国自身の需要によるデータであるなしに関わらず、公開にあたっては、個人のプライバシーの保護に十分配慮することが必要である。

 

 

b.整備体制の考え方

 

  ○データベースの長期安定的な運営

   現在・人間特性データベースはHQLが運営しているが、データベースの長期安定的な更新、開発、維持管理を考えると、中長期的には独立行政法人であるNITEがその中核的役割を担うようにしていく方向が望ましい。そのためには、NITEは人間生活工学及びデータベースに係る知見、能力を高めることが必要である。
 他方、HQLはデータベースを使う製造事業者により近い立場からアプリケーションソフトの開発や中小企業等へのコンサルティングを行うなどにより、データベースがより広く製造の現場で用いられるような仲立ちの機能を果 たすことが望まれる。
 また、人間特性データについては、地域差のあるものも多いことから、データ取得には、各地域の公設試と連携することが効果 的である。

 

  ○新しい計測法開発の体制

   新たな分野の計測法や計測機器、データ分析技術・利用技術の開発は、産総研が技術的な中核となり産学官連携により進めることが適当である。その際、計測法の標準化を始め、データベース整備やアプリケーションソフト開発等に機動的につながるようにするため、NITE、HQLの参加が不可欠である。

 

c.国際取組みの視点

 

  ○新しい計測方法の積極的な提案

   先進各国においても、生活の質の向上という観点から、人間特性データベースの整備がそれぞれに進められており、データの相互比較等の観点から計測法の国際標準化が議論されている。このような国際標準化の動きに我が国が積極的に対応していくということは、先進国としての適切な「負担という国際貢献」をするということとともに、当該分野における全世界の先端的な主情報が集まってくるということの重要性を認識すべきである。
 具体的には、最近、各国において開発が進んできた形状計測法が取り上げられており、現在、ISO/ITC159/SC3/WG1で"3D Scanning Methodologies for Internationally Compatible Anthropometic Database"が検討されている。我が国は国際的に遜色のない計測法を開発しており、これを提案していくべきである。

 

  ○我が国国民の人間特性に配慮した提案

   労働安全に係わるISO15534"Ergonomics-Access Dimensions for the Design of Machinery"の改訂や、ISO/NP 12892 "Ergonomics-Reach Envelopes"のように、人間の体格や動作のデータを基に設計された安全空間の標準化が進められているが、上記蓄積データや計測法を基礎に、国際基準策定に積極的に関与することで、国際的な貢献を果 たすとともに我が国国民の身体特性に適合した規格となるよう積極的に対応していくことが必要である。
 これらの規格はTC159/SC3*68で審議されている。HQLは当該SCの国際事務局を主催しているが、NITEも同SCの国内対策委員会に参画し、積極的な対応を図る必要がある。

 

  ○諸外国における事業環境整備への協力と連携体制整備

   アジア諸国においても、生活者の視点に立った製品等の開発を進めるため、関係学会を設立する動きがあり、今後、人間特性データベースの整備が重要なものとなってくる。我が国としては、アジア諸国におけるこのような動きに対して、我が国の人間特性データベース整備で培った経験や知識を広め、これら諸国におけるデータベース整備に協力していくことが必要である。また、このことが、日系企業の環境整備あるいは国際市場への対応に繋がることも期待される。
 このため、NITEやHQLが中心となって、諸外国との交流をさらに深め、例えば、データ交換や共同事業といった国際連携やアジア諸国を中心に、ODAの協力も模索しながら進めていくことが求められている。さらには我が国が中心となって欧州に対抗できる規格制定体制も視野に入れた活動を行うことも検討していく必要がある。

 

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