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【背景の第一 : 知的基盤整備の全政府的な位置付け】


1.知的基盤という言葉の一般的イメージと一つの政策体系として取り組むべき範囲

(背景)

 知的基盤という言葉は、政策上では平成7年頃に工業技術院(当時)で使われ始め、平成13年3月には科学技術基本計画において「世界最高水準の整備を目指す」との政府全体としての政策目標として掲げられるまでに至ったが、その言葉から来る一般 的なイメージは幅広く、人により重きを置く視点が異なっていることも事実である。

 全政府的に知的基盤整備に本格的に取り組むに当たっては、政策展開の実践的課題としての知的基盤を理解するため、知的基盤という言葉の一般 的イメージと一つの政策体系として取り組むべき範囲との関係を整理し、これを共通 認識としておくことが必要である。

1)知的基盤という言葉の一般 的なイメージ

○知的基盤の幅広い捉え方

 「知的」とは知性・知識に関係のある様子、「基盤」とはそれが安定していることによって、進歩、発展が可能となる何ものかのことであり、これらを合わせると、ハードなインフラ(施設など構造物)でないソフトなインフラのイメージと捉えることができる。
 これを社会との関係で捉えると「知的創造活動の成果が社会の諸活動に活用できるような形に成形された集合体」と理解することができる。ここで知的創造活動とは、創意工夫により常に進歩・向上を図る人間の営みのことであり、自然科学(理学、工学、農学、医学等)や人文科学(経済学、社会学、言語学、哲学等)などに基づく科学技術的活動(科学技術を用いた活動)から芸術的、精神的活動も含まれ得ると考えられる。
 知的創造活動の成果の社会に活用される単位の捉え方も、例えば、決められた方法により得られるデータと、それを素材に分析、総合し論理構築された論文との関係に見られるような様々なフェーズがある。

○知的基盤たる条件

 このような「知的創造活動の成果 」が社会の諸活動との間に効果的なインターフェイスを持つには「活用できるような形に集積」されていることが重要である。それには
 ・社会での活用に足る信頼性があること→前提条件の明示等を含むきちんとした評価
  ・使える形になっていること→体系的な整理、使え得るような加工・プロトコル、使いやすいインターフェイス・アプリケーション・技術相談
  ・必要なものが不足なく品揃えされ、かつ全体像が俯瞰できること→網羅的・体系的な収集・開発
という条件を満たすことが必要である。
  また、基盤としての機能が果たされるためには、
 ・維持管理、更新、新規開発の継続性があること
 ・普及・提供・供給の仕組み(スキーム)があること
 ・アクセス・利用が広く社会に開かれていること
という条件を満たすことが必要である。

 

2)一つの政策体系として取り組むべき知的基盤の範囲

○社会との関係・影響を視点とした科学技術という切り口

 近年の社会に与える科学技術の影響の大きさにかんがみると、様々な知的創造活動のうち、特に科学技術に係るものを取り上げて議論することは、様々な課題を克服しつつ今後の社会発展を実現していくにはどうすべきかを考える一環として有益である。
 すなわち、より実践的課題として抽出するという観点から言えば、広範な知的創造活動の成果 のうち、科学技術に関わるもの、あるいは科学技術的事象を社会に活用するという視点が重要であろう。
 このような「知的創造活動の成果の集合体」は、社会の諸活動(経済活動、産業活動、研究開発活動、教育活動、医療保健活動、環境保全活動、行政活動等)の技術的局面 において、当該活動の材料・素材になるとともに、様々な意思決定、価値判断の材料や根拠となるものである。それが安定的に、豊富に用意されていることにより、当該活動が円滑化、促進されるとともに、意思決定、価値判断の材料や根拠が明らかであればその活動の結果 を事後にも適切に評価、総括することに資するものであり、そのような使われ方が重要である。
 本委員会で取り扱う知的基盤を一般的にもよく理解してもらうためには、「科学技術に関連する知的基盤」と修飾語句を伴って呼ぶことも効果 的と考えられる。

○他の政策体系との関係とこれまで体系的な取組みが不足していた分野

 政策を集中的、効果 的に実施するため、一つの政策体系として取り扱うべき範囲を考えるには、以下の科学技術に関連する知的基盤の整理と他の政策体系との関係を見ることが有効である。
 科学技術に着目した知的創造活動の成果の集合体としての知的基盤は、下表のように整理できる。

表 科学技術に関連する知的基盤の整理

知的創造活動の成果 の分類

知的創造活動の成果の性格

収集・開発・評価・整理・提供の代表的な方式

科学的原理・法則に基づく方法により得られるデータ、研究材料

研究開発、調査等の過程や成果 として発生

データハンドブツク
データベース
カルチヤーコレクション

計測・分析・試験評価方法

データ取得の手段、科学的方法論

技術報告、技術文書
規格
計測・分析機器

計量標準(標準物質を含む。)

計測・分析・試験・評価方法確立の基礎
データの信頼性の源泉

国による開発・維持
校正事業者認定スキームによる供給

上記を総合的に活用して得られるいわゆる研究開発成果

個々の研究者が創造性を発揮して獲得

論文、著作物
特許、著作権
規格(工業規格、農林規格)
上記に係る所在情報、索引情報
学術誌、図書館

  * 化学物質安全、人間生活・福祉、生物、材料関係デrタや、地形図・地質図等地球科学関連データを含む。
** 科学的手法により収集・開発、分類-整理されるという点の同義性から、遺伝的系統が分析された微生物、動植物細胞、病原菌、実験動物等や、縁種、線量 が明らかにされた放射線源等の研究材料を含めて考える。ここでいう研究材料は、単に実験対象に使われるものということではなく、遺伝的系統分類されていたり、縁種、線量 が明示されているといった研究材料として用いる上で必要な何らかの科学的情報が明示されているものであることが重要であり、このような研究材料の集積は、数値だけではない実物を伴ったデータベースとも捉えることができる。

   上の表において一つの政策体系として取り扱うべきものとそれ以外の政策体系との関係については、次のとおり考えられる。すなわち、上の表のうち、特許や規格一般 については、従来から別途政策体系が形成され取り組みが進められている。一方、計量 標準、データベース、研究材料、及びその整備に必要な計測・分析・試験・評価方法については、これまで体系的な取り組みが充分なされているとはいえない状況であった。また、これらについては単に研究開発そのものに注意を払うだけでは十分でなく、社会との関係において、その開発、維持、更新、供給に共通 の方法論や課題(例えば、研究・技術者の活動を支えると同時に研究・技術者でなければ開発、維持、更新、供給を担えないとか、網羅的、体系的な集積により価値が増幅するが、整備に手間がかかり、キャッチアップの段階では、海外からもらえぱ済むと思われていたなど)があり、政策としての一つの体系として捉えることが必要である。したがって、本委員会においては、計量 標準、データベース、研究材料、計測・分析・試験・評価方法を一つの知的基盤政策体系として取り扱うものである。

○知的基盤に関連するもの

 知的基盤に関連するものとして、上述の知的基盤に関する所在情報(注1)、及び研究者・技術者の人材情報等が考えられる。
 また、知的基盤が技術と社会をつなぐ架け橋の役割を果たすものであるという観点に立てば、各種のリスクをどう捉えたらよいかということについて、科学的技術的根拠を持って中立的な立場から解説し、国民と技術との仲立ちをするリスクコミュニケーションの専門家も技術と社会をつなぐ役割を担っているという意味で、周辺的な基盤の一つと位 置づけることができる。(注2)。


(注1)知的基盤自体は多岐に所在するので、ユーザーの利益性のため、その情報はできるだけ集約的に管理・提供されることが望ましい。
(注2)具体的な対応については、それぞれの行政二一ズによる政策立案において個々に検討されるべきものと考えられるが、例示を1、2挙げるならば、化学物質安全について、製品評価技術基盤機構が自らの技術力を向上させつつその能力を提供することの検討や地盤の安全性等について産業技術総合研究所が科学的中立的見地から解説することなどが考えられる。

 

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