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日本計量新報 2010年10月31日 (2844号)

「足るを知る」という哲学に学ぶ

現代の日本は、お金がなければ暮らせない。一文のお金もなくなったらどうするか。親や兄弟姉妹、友の情に頼ることができない場合はたちまち窮地に陥り、福祉に頼らざるを得なくなる。
 人生の後半とも言える定年後の生活にしても、厳しい状況が待っている。国民年金は加入者に驚くほど少ない金額しか給付しない。共済年金やサラリーマンの年金はこれに比べれば随分ましな額であるとはいえ、将来にわたって補償されるか定かではないという不安な状況にある。
 働く意欲があり健康な人が、お金がなくても暮らしていける方法はないのだろうか。少なくとも昔の日本には、金がなくても福祉政策に頼らずに自給自足で何とか暮らしていける素地はあった。
 しかし、今、自給自足に近い生活をするために必要な田畑はどのくらいであろうか。二人の人間が食べる米を作って、味噌にする大豆を植えて、漬け物にする菜を植えて……と、あれこれ考えてみても、金がなくては暮らしていけない社会であるのが現実だ。農業と無縁だった年金生活者が、いきなり畑を耕して栽培を試みても、手間に見合うだけの収穫にはならず、買ってきた方が安いのが落ちである。それでも、目の前に畑があれば耕したくなるのが日本人の習性のようである。

 人の経済活動の根源は、欲望である。そして、欲望はどこまでも大きくなる。
 古代都市は森のあるところに発生し、木をエネルギーとして用い、木を使い果たして滅びた。いまの都市は石油を使って成り立っており、石油を使い果たした後のエネルギーを用意しなければならない宿命にある。
 会社も個人も、適度な成長に満足することなく、欲望のままに際限なく大きくなり、気がつけば、大きくなること自体が目的になってしまう。そのことは、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツやアップルコンピュータ創業者スティーブ・ジョブズをみればよくわかる。
 こうしたあり方は、古代中国の哲学者である老子が説いた「足るを知るの足るは常に足るなり」(老子道徳経、第46章)、すなわち「あるがままで満足する」という精神からは、ほど遠い。

 「足るを知る」の精神は、後世に受け継がれて広く伝わった。この精神の影響を受けた、日本での代表的な作品には、鴨長明の『方丈記』や吉田兼好の『徒然草』などがある。ともに「足るを知る」精神に貫かれているが、その一方で真理への探求心に満ちてもいる。『方丈記』に記される「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし」(底本=「國文大觀 日記草子部」明文社)という無常観は、乱世をいかに生きるかという人生観の表現でもある。

 金がなくても生きていくことができる世界を理想として描いても、現実の世界はそうはいかない。生きていくために、どうにかして収入を得なくてはならないが、金を求めて欲望のまま走り続け周囲が見えなくなるのも、やがて自分を見失い身を滅ぼすことになり、危険である。
 必要なだけの金を稼ぎ、足るを知って生きていくことが大事であるというのが、古来からの哲学だ。古人に学び活かしていく意味は大きい。

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