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新春トップインタビュー (株)イシダ代表取締役石田隆一社長に聞く
世界市場の中で日本を考える
教育に見る悪平等の弊害
日本の教育をみますと国際的な競争社会に全然適合していないと思われます。ある大学の教授が言っておられました。ヨーロッパでは小学生のころから飛び級があり、他方で落第もあるというのです。日本では幼子(おさなご)を傷つけることをしてはならないと、落ちこぼれが出ないように皆進級しています。
しかし、理解力が不足している子供に詰め込み教育をすることには無理があります。日本の教育は、ガチョウの口に無理に餌を放り込んでフォアグラをつくるようなことをしているのではないでしょうか。
分からなくなったところまで戻してあげて、理解できる段階のところから学習をさせることが、その子にとっては一番いいことなのにそれをやらない。一方、できる子の方は、遅れた子の水準に合わせた教育をすると飽きがきて、学習意欲も萎えてしまいます。
日本の教育は中程度のレベルの人材ばかりをつくる内容になっているとも言われます。1989年までのように、外国の技術を真似たり、それを改良したりというだけならそれでもよかったのです。一定の水準の労働者を集めてコンベアー式の流れ作業で均質の製品を大量に製造し、大量に販売する産業の形態のときにはそれでよかったんです。
しかしこれからは、上級レベルの人材がどんどんその能力を伸ばしていけるようにしていかねばなりません。A級も、B級も、C級もあっていいと考えます。それぞれが協調し合いお互いを尊重しあいながら歩める社会にすればいいのです。日本と欧米の教育に関しては根本的なところで違いがあります。職人は職人として腕を磨き、その腕を認めて貰えばいいのです。ドイツにはマイスター制度があって、技能者を社会がしっかり認めております。何も全ての人が無理して大学に行かなくてもいいのです。
日本の社会では小学校の運動会でも1等賞、2等賞をつくらないと聞きます。徒競走をしても、先を走っていた者がゴール前で待っていて、後から来た子と手をつないで一緒にゴールインするそうです。こんなことをしている国は日本だけです。走るのが得意で一番になった子はそのことを誇りにすればいいのです。日本では何でもかんでも平等でなければいけないという間違った考えがあり、これが教育全体にも浸透しているのではないでしょうか。
日本国民も政治家も皆がこの辺を根本的に直す必要があると思います。そうしないと日本の社会も経済もさらに混迷し、ずるずると低下することになります。
欧米の社会と日本の社会のどちらが正しいかということについては単純にはいえませんが、日本の社会は考えが甘過ぎます。むしろ、自然の中に生きる動物のほうが、過酷な自然界の掟に支配されながらも食うか食われるかという世界で懸命に生きており、生き残る戦いをしているのです。
過酷な自然の掟と共通するもの
欧米の社会と日本の社会のどちらが正しいかということについては単純にはいえませんが、日本の社会が今のままで良いはずがありません。動物社会をみてもそのことが言えると思います。私は動物のことが好きでNHKの「生き物地球紀行」などをよく見ております。そこで展開される姿は、空を飛ぶ鳥の世界も、海の中の魚の世界も、アフリカの砂漠やジャングルの世界もすべて過酷な自然の掟に支配されているということです。動物たちは食うか食われるかという世界で懸命に生きており、生き残る戦いをしています。動物たちの世界ではぼんやりしていたら食べられてしまうのです。
欧米の社会は動物の世界に似たところがありますから、今の日本の状態では欧米の方が強いのも当たり前かもしれません。創造主の神様は決して優しいだけではなかったと考えざるを得ません。
もう一つ申し上げますと、生物学者が面白い話をしておりました。乱開発で後退した東南アジアの密林を復活させるプロジェクトがあり、日本人がこれに協力しております。日本人は生真面目なものですから苗木を一定の間隔で均一に植えたり、種子を均一に蒔くのですが、そうしますとどうした訳か上手く育たなかったというのです。そうしないで、いい加減にばらまいた方が上手く育って林になり、密林になったと聞きます。芽を出した木が競争し合い、強い木はより大きく、弱い木もそれなりに生き残って、密林が蘇ったといいます。
消費する側に回れば楽な社会
日本の社会にはおかしなところが沢山あります。企業でも税金をちゃんと納めているところは30%もない状態です。日本の社会に住んでいる以上は応分の負担をするのは当然ですが、外形標準課税の案が出ますとみな反対です。企業経営をしている以上は競技場に入場するための料金を払うのは当然で、税制の面からも改革が求められます。
そんな日本の社会は、茹でガエルにたとえることができます。じわじわと湯の温度が上がり、このままでは死んでしまうというのに、そのことに気付かないで今の現況に満足して陶然としているのと同じです。
公務員の給料を下げることが取りざたされておりますが、公務員の給料が下がったとしても民間企業からすると、さほどのことはありません。まだリストラに直接に晒されてもおりませんし、一般の公務員は給料が下がるということが今迄ありませんから呑気でいられたのです。
デフレの時代に給料がさほど下がらない人々にとっては、今の社会はいい社会でしょう。かたや供給サイドの民間会社は厳しい状況にあり、生き残りの苦しい戦いの渦中にありますが、給料が安定して供給されている人々を中心とした消費者サイドから見るとデフレ社会は楽な状態で、それだけ危機感がなく困ったものです。
日本は死んでしまうかも
「手弁当持たして妻はグルメ街」という川柳があります。どういうわけか、年末に向けて仕出しの新年のおせち料理の商売が繁盛しているとのことです。もう11月中旬までに注文しないと間に合わず、しかも、20万円〜30万円という高いものから順に売れていくということです。
外国人から見たら日本のどこが不況なんだという一面は確かにあります。しかし一方で今年の日本人の自殺は年間に3万人を突破してしまいました。日本の政府は大企業は潰さない、小さなところはどんどん潰すということをしております。
大企業のサラリーマン社長は、業績不振でも退職金など貰うものはもらって、サヨナラという人が多いです。大きいとこも小さいところも関係なく、一つの公平な尺度でやっていかなくてはなりません。そんなことをやっていますから、政党離れも生まれ、日本はこのまま進んでいけば死に体となってしまいます。
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