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計量法改正に関する意見・感想

計量法改正への視点

 北海道計量検定所長  木村 登喜雄  
2005/12   


 平成16年度から現職となったが、計量行政は初めての経験である。

 計量法の前身である度量衡法の制定は明治24年。民法の制定(明治29年)に遡ること5年である。不平等条約改正問題や富国強兵といった時代背景があったのであろうが、度量衡が国内の制度統一の第一歩として重視されていたことがうかがえる。

 改めて感じるのは、計量行政は社会生活、産業活動の基盤を支える重要な仕事であるにも関わらず、関係者以外にはほとんど知られることのない地味な仕事であるということだ。マスコミの話題になることもなく、実務もルーチンワーク中心であり仕事のインセンティブを保つことは容易でないというのが、計量の仕事に就いての偽らざる実感である。

 にもかかわらず、このような縁の下の力持ち的存在である計量行政が適切に運用されてきたのは、法制度が基盤にあるのはもちろんであるが、実務に携わる職員の誇りと責任感があるからだと思う。地味で目立たない仕事ではあるが決して手を抜くことなく、「計量法令」に則ってきちんと仕事をすることで「適正な計量の実施の確保」が図られ、もし、手抜きがあれば市民生活や産業活動に重大な支障を及ぼしかねないという意識が計量実務の現場まで徹底されていたからこそ、計量への信頼感が保たれてきたのだろうと思う。

 平成12年の自治事務化以降、自治体の計量行政の態様が大きく変容したとの話しを聞く。その最たるものは検定所の技術レベルであろう。複雑な計量実務を着実にこなしてきたのは使命感を持った専門職的な職員がいたからこそであるが、現状は人員削減に加えて人事ローテーションの短縮化で検定検査技術の伝承が難しくなっており、適正計量確保の支障になることが懸念されている。

 計量法改正に向けた作業が佳境に入っており、本稿起草時点では基本方向が明らかではないが、官から民への流れに沿ったものであることに変わりはないだろう。しかし、昨年11月に噴出した建築物の耐震強度偽装問題で明らかになったように、「民」の最大の価値観である経済合理性の追求が必ずしも全き善であるとはいえないことも明白になった。

 12年の法改正で、計量関係者は、長年の地道な努力の積み重ねで築かれてきた計量のシステムも一旦縛りが解けると揺らぎかねないことを経験した。適正な計量は「神の見えざる手」で導かれるものでないということであろう。

 今回の法改正に当たっては、計量行政の実務を担ってきた自治体の役割、位置づけ、責任範囲を明記すべきと考える。適正計量を維持するために自治体は最低限何をすべきなのかをきちんと明示しないと、現下の困難な自治体財政のもとでは早晩適正計量システムの安定性、信頼性が揺らぐことになりかねず、そして、揺らいだ体制を再構築することはほとんど不可能になるだろう。法の目的である適正計量の確保を損じることのないよう慎重な検討を望みたい。

(以上)

 

計量法改正雑感追補

 日本計量史学会会長  蓑輪 善蔵  
2005/12   


 先の計量法改正雑感で舌足らずの事があったように思われますので少し補足して見たいと思います。

計量標準の供給について

 今従来からの基準器検査によるものと、JCSSによるものとがありますが、JCSS制度が発足以来、それらに付随する成績書に書かれる誤差の書き方が二つの制度で異なっている事は、初めから混乱するとの意見があったのに、結局今まで放置されたままのようです。善意に考えれば、国際規格的な定め方に従ったとも云えますが 誤差の書き方は勝手ということで、古い計量法で定義され基準器検査成績書に使われている器差と符号の反対の昔でいう更生値が主流になっていては当然のことながら混乱も見受けられました。

 計量法第105条 第1項に器差、器差の補正の方法及び前条第2項の有効期間を記載した基準器検査成績書を交付するとあり、昔は総てについて器差が記載されていましたが、今は器差ゼロがはばを利かせているように見えます。ゼロは数字ではありますが、器差と器差の補正の方法をと言う法律の趣旨に沿わないようにも思えます。はかり、分銅は計量法の中で特に重要視されている計量器と思いますのに、その分銅に器差ゼロとは少々国際規約に迎合しすぎたかも。また物を作るにしても基準になる物がどちらに傾いているかが分っている方が便利な事が多いと思いますし、基準器が標準供給の任務から外れた様に見えますが、検定検査に於ける合格、不合格の限界付近についても価値があるのではないでしょうか。

 もう一つ、国家標準を特定標準器という物にした事はいろいろの面で不都合が生じやすいのではないでしょうか。 単位の定義が物から変化している事からみても。また、認定事業者が議論されていた頃は 設備と技術が備わっていれば、認定事業者としての資格が得られ登録されるとも言われていましたが。

 行政の統一については 度量衡講習から計量教習そして今産総研の研修センターになっていますが、最初の度量衡講習に戻ったように見えます。 当時は社会も消費者もそして 産業、技術も未発達でありましたが、中央度量衡検定所が人事などの権限を総て掌握していた事が行政の統一に大きな力を発揮していたと思われます。計量行政を遅滞なく実施するために必要な知識と技術を習得するために行われていた計量教習が5ヶ月から3ヶ月になり今では1ヶ月になってしまいました。1ヶ月では多分法律を理解するにも足りない時間と思います。そして地方行政機関に十分な教育を受けた人の配置がない以上行政をまともに実施できないのは当然の事でしょう。必要な知識と技術を習得する為の教習が、受講者の都合によって期間が短縮され内容が激減してしまった事は本末転倒の施策だったのではないでしょうか。さらに統一制を大きく歪めてしまったのは地方事務への転換だった事は論を待たないでしょう。明治以来機関委任事務として都道府県単位で確立されていた計量行政がこんなにも早く状況を変えようとは思いもしませんでした。叉、一元性と言いますか計量法の施行を担当する部署があちらこちらに分散され、疑問を解消する為の問い合わせが、ぐるぐる回しされたり、責任のある答えが返ってこなかったりしたのを聞いたりしています。地方を含めて計量法担当者が法の解釈さえ嫌がり、何処かに回すようになったり、責任が取れない状態を続けては明治以来の信頼を失わせる結果になるのではないでしょうか。

 対策としての広域行政を考えた場合、定期検査、量目などの取締、そして今度の諮問にもある消費者対応との関連など対応を考えなければならないことが多くありそうに思います。計量器の検定或は定期検査の実務などはそれ程の事はないかもしれませんが、定期検査の事前調査などが今でもとり沙汰されている状況では広域行政、広域行政というのもその対策にキメの細かさが要求されるでしょう。昔雑談でしたが通産局単位で国が などと話した事もありました。

 私などの時代、計量士の存続さえ危ない時もあり、計量士の職域拡大、地位向上に随分と取り組みましたが、力が足りずなかなか思うようにはいきませんでした。計量士国家試験の合格率が非常に低いにもかかわらず、その職域が極めて少ないのも何か不思議な気もします。実態調査は何回か行いましたが、全体を把握するまでには行きませんでしたし、地方での意思と力に頼るしかありませんでした。今回の諮問にもありますが計量行政の遂行には最早これら優秀な計量士の活用を考えなければならない状況になっているようです。今の計量士活用の状況になっていることを大変喜ばしい事と思っています。昭和の初め計量士法の案があり実りませんでしたが、参考になるかもしれません。

 計量士の活用を考える上でその制度をどうするかが先ず問題になりそうです。

 計量士法ができるなら問題がありませんが、直ぐの改革は無理のようにも思われますので、多分計量法の枠内での話になりそうに思います。

 計量士に幾つかの業務を行わせるとして、それらの業務を行う計量士を含めて登録や有効期間などによって把握し、不正防止の自浄行為ができる機関が必要になるように思えます。例えば税理士会や弁護士会のような。

 計量士の把握が出来ない原因の一つは、先ず資格の更新が無いのに住所の変更を届ける義務が無い事、計量士の資格で自立できない事などがあるように思います。

 定期検査に代わる計量士による検査で行政処分だからということで不合格処分が出来ない事などの対応や、適正計量管理事業所のメリット拡大などに伴い新たに付け加えられる業務があるとするならば、経歴や講習会等による知識、技術の確認も必要になるでしょう。このような改革と共に第三者的立場としての有効活用を期待したい。

 日本計量振興協会は計量行政を含めた総ての状況を考えると極めて重要な役割を担う団体にならざるを得ないように思えます。それなのにこの団体運営には非常な危なさを感じるのは何故なのでしょうか。この団体のあるべき姿が何故か見えてきません。文化団体を標榜した計量協会は運営に行きづまりが見え、財政的にも会費値上げが思うに任せず、逼迫の度は、計量管理協会と共に団体存続さえも危なくなりつつあったことから、3団体を合同させたものの合同後の対応には適切でなかった事もある様でした。70人もの理事数は総会にも匹敵しそうですが、社団法人の総ての責任は理事にあると聞いていますが、そのことを知っているのでしょうか。計量会館に顔出しする機会は極めて少なくなりましたが、感じる雰囲気から見るに事務局内の意思疎通はあまり良くないように見受けられ、不満が蓄積しているようにも思えます。僅かの人数で運営する事務局は結束して事業に対処する事が必要でしょう。財政状態がどうなっているかは知るところではありませんが、事務局を統括する専務理事は十分な把握と、一つ一つの事業の内容を熟知し、特に補助金による事業は補助金以上の支出があることを理解し、必要、不必要の事業を選択して行くことが必要でしょう。更に事業、財政はガラス張りの透明さが無ければ、会長、副会長を含む総ての理事は責任の取りようが無いのではないでしょうか。

 愚にもつかない事をくだくだ申し上げましたが、年寄りの戯言とご寛容を。

(以上)

 

計量法改正雑感

 日本計量史学会会長  蓑輪 善蔵  
 (日本計量新報掲載記事2603号・2604号・2605号より)


■計量制度には、統一性、継続性、合理性が必要

 計量法という名は昭和27年度量衡法が装いも新たに施行された時に始まりました。当時を思い起こしますと 技術立国を標榜し再起を図るとした我が国で、計量制度も整備が急がれたものの一つで、計量法の規制対象計量器の対象範囲を極めて広いものにしました。古い歴史を持つ度量衡制度が必要とされることは、統一している事であり、継続している事であり、科学技術に立脚した合理的なものである事でしょう。そして計量法の施行は技術に立脚した取締行政であることを考えますと 計量行政を施行する現場行政官に技術的な知識と技術が得られていことが必要なことと思えます。このような事から考えると、技術を担当する研究所とその教育を司る機関があり、総合的行政を担当する部署があることは当然のことのように思われます。

 度量衡法が始めて施行された時行政を担当する責任者は東京物理学校で一年間の教育を受けた後各県に配置されました。その後、中央度量衡検定所が行政、技術と教育の総てを担当しましたが、昭和8年に行政部門が設立され昭和27年には行政、技術と教育はそれぞれ分離し行政は本省計量課、教育は、計量教習所が担当し、検定検査技術、比較技術は計量標準と共に中央度量衡器検定所の所管になりました。計量法が昭和27年施行される時検定規則、基準器検査規則の作成に関与して以来幾つかの改正に係わりましたが、時代の変化と国際化の流れ等による法律の変化は非常に大きなものがありました。

 現状を見ます時、1942年中央度量衡検定所に奉職以来、つい何年か前まで祝辞、挨拶に度量衡は貨幣と同じで国の基本をなすもの、国を治めるには先ず度量衡を正すなどと言われていたのを長年見聞きしてきた者にとっては、思いもよらない変化を感じています。平成5年の改正から僅か12年程でまた大きな改正が行われようとしています。それ程時代の変化は激しく行政の変化そして技術の発達には目をみはるものがあるのでしょう。先日 大臣からの計量行政審議会会長に出された諮問を見、二つほどのブロック会議に参加する機会を得ましたが、その時にいろいろの話やグチを聞いたりした事もあって、昔の計量法改正の時を思い出しながらヘソの曲がった戯言をと筆をとってみました。

■計量標準への取り組み方変わる

 先ず始めに 計量法第1条は計量の基準を定め とあり、計量単位の制定とその現示を行わなければなりません。基本単位とそれに近い計量標準が国以外の機関で実施されている所は、全世界で幾つ位あるのでしょう。我が国のように独立行政法人と云い、しかも非公務員となると計量行政総ては国で行う必要が無くなったのかも知れません。昔 計量標準はアメリカから買ってくればよいと云った研究所長がいましたが、独立行政法人では収益の考えが優先しているようにも見え、計量標準の測定精度向上、維持管理などのような金にならない仕事は、冷や飯を食う事になり取り組み方も変わってしまったようです。

■急激な変化は社会生活に混乱

 今度の諮問では合理的、効率的、持続的なと云う言葉がありましたが、持続的と云う言葉は諮問では初めてのことかもしれません。持続性と似ていますが、計量制度は継続性も重要な事の一つでしょう。外国の書にもありましたが、計量制度の急激な変化は社会生活に混乱を惹起する等とも言われていました。最近はその混乱も何するものぞとも見えます。

■計量行政の統一が取り難くなっている

 聞けば計量行政も統一が取り難くなっているように見え、隔世の感があります。計量行政は確かな科学的根拠に基づいた理論的法律を、技術を駆使して施行する行政と考えていました。しかも曲がりなりにも江戸時代に全国一律の基本が確立し、統一された制度になり、明治以降一貫した体制が続いてきていました。この小さな国では当り前の事でしょう。メートル法に統一する運動は明治の初めから続けられていましたが、古くから使われていた単位を新しい単位にすると云う大事業は、大正10年漸く法律に盛り込まれ、以来計量関係者の熱意と絶え間ない努力とにより、昭和42年に完全実施になりました。

 統一と言う観点からすれば、各県に於ける規模の違いは昔からのものですが、計量検定所の設置が義務付けされていたり、小規模な県でも何人かの教習所修了者が居てそれなりの連絡があり、また、年に二度の全国計量行政会議や全国或は各地区の計量技術連絡会議があり行政の統一に役立っていました。

 ただ、検定の委譲などの時、全県一律という自治法の趣旨から不必要な設備が必要になったり、ある器種などのように委譲後数年で検定対象から除外されるようなこともありました。計量行政の一部が自治事務になったことと、地方庁から資格者が消えて行った事は統一を妨げた一大要因と思えます。聞くところによれば、一部の手数料が自治事務になり、地方の裁量になったと言っても、国或は他県の様子を見て決められてしまい、未だにその差は極めて小さいとの事で、自治事務にした意味がないとか。更に 計量法上の特定市の一つが何時の間にか消えていたり、人口20万人以上の特令市に何の準備もなく特定市と同じ様に取り扱おうとするなど無理を承知の施策としか言いようもありません。

■国際規格の無条件に採用するのはどうか

 国際化の問題はOIMLやISOの規格をそのまま採用することは如何なものかと思えます。昔の事になりますが、規格そのものが研究室でなければ実現できないようなものであり、一般取引には不必要な物であることが多々ありました。はかりの計量器検定規則で検定方法や公差の決め方はOIML規格をそのまま採用したのか分かりませんが、誰が何処で検定するのでしょうか。

 OIMLやISOの規格は一般用、研究用が一緒になっているような所と、為にする規格のようにも思える所があります。国内法はより分かりやすく、使い易いものにしても 国際規格を制限しなければ何ら差支えないように思います。

 はかりの場合、普通の商取引では千分の一または二千分の一即ち千円、二千円で一円の誤差は許されるのではないでしょうか。昔はこれを目安に置いていた時もありました。特定の専門家しか読めない、使用出来ない一般に必要な法律は、最早通用しないように思えます。

■計量法の目的は

 消費者保護の観点からと云う言葉は大分前から諮問に出てくるようになりました。確か消費者運動は計量が原点などと云われたことも有り、その関係を蔑ろにするつもりもありませんが、始め、計量行政は正確計量の推進で管理中心点をどちらかに動かす事ではなく、結果的に消費者の為になるとの考えが基本になっていました。タクシーメーターでの片側公差が特例でした。今は、消費者保護が計量法の主たる目的の一つになろうとしているのを見ると、隔世の感を禁じ得ません。

 計量標準の供給はJCSSで認定事業者がとなっていて、認定事業者になる為の必要用件が相当な厳しさであるようですが、産業技術総合研究所の代理をさせようとすれば当然とも思えます。しかし、認定事業者が行う事業の責任まで国が負うわけにはいきません、あれだけ厳しくすれば国が責任を負わなければならないかも知れません。私見を云えば 国は計量標準の供給と、それにまつわる事に限りそれ以降のことは認定事業者の責任にすべきだと思います。産総研で計量精度を一桁、半桁上げるような研究などが難しくなっていると思えるし、国際的にも大きく劣る部門があると聞くと気が滅入ってきます。

■「計量法で扱う数値は絶対値」を忘れるな

 この他計量法で扱う数値は相対知ではなく絶対値であることを肝に銘じることが必要でしょう。このことは兎角忘れられがちになります。中央度量衡検定所が研究所として脱皮しようとしていた頃、機械試験所から移られてきた人が、絶対値を取り扱うことが如何に大変かを思い知らされたと、話されていたのを思い出します。

 技術行政で、知っている事と出来る事の違いを知悉して法文を作ってほしいとも思っています。

■計量士の権限を見直す必要が

 また 計量士が定期検査の代行をしていますが、不合格処分は行政処分である事から、この処分は公務員以外では不可能でありましたが、都道府県、特定市などの地方庁の現状を見、産総研が公務員で無くなった事を考えれば、考え直す必要があるのかもしれません。

■地方庁の現状に唖然とする

 地方庁の現状が計量法施行実務に弱体化が進み、法の解釈さえ十分ではなく、単純な質問にも答えられず、地方庁自身が計量法違反を行って、背に腹は変えられずとし、国もこれに異を唱えられないこのような状況は、今までの関係者をして唖然とさせるのではないでしょうか。

■日計振は全力で取り組んでほしい

 さて(社)日本計量振興協会の事ですが、この協会は(社)日本計量協会、(社)計量管理協会と(社)日本計量士会の三団体が集まったものです。高田忠さんの信念、努力から昭和27年計量法が施行されましたが、この時の度量衡協会は徳永学氏が書記長で計量法制定までの事務局的存在として大きな貢献をしています。メーカー、販売者そしてユーザーを交えた会議の設営から、計量課、中検との協議の場を提供するなどを行うと共に協会会員の要望、計量法根幹に対する意見、見解の発表等を行っていました。現在、計量振興協会の計量法改正に対する係わりには物足りなさを感じています。

 平成5年のときには各会長は、総ての範囲で重要な役割を果たしていたように思います。(社)日本計量振興協会は各種会員の要望等を実現するために、どんな手段で、如何に努力したか、どんな成果が得られたかによって会員の信頼と協力が得られるものと考えられるが故に、今回の計量法改正には全力を挙げて取り組むべき事ではないでしょうか。

■ハードウェアはそんなに進歩したのか

 ハードウェアの性能が向上してきていると云い、 計量器(ハードウェア)の信頼性は継続的に向上。デジタル技術の進歩は著しく、と云っています。何時の諮問にも必ずと言っていい位技術が進歩しとか製造技術が向上しなどの言葉があり、その度ごとに規制緩和が行われてきました。今度も同じ伝でしょうが、 ハードウェアがそんなに進歩したとは思えませんし、低価格競争の中では逆の傾向もあるのかもしれません。

また、ハードウェアではなく単に数の処理能力が向上したに過ぎないのではないでしょうか。

■広域行政しか対策はない

 このような状況の中、今何をどう考えたらよいのでしょうか。

 最早都道府県、特定市を計量行政の核として考える事が不可能になってきているとすれば、広域行政しかその対策がないように思えます。10年以上も前から計量行政には道州制を採用する事が合理的であり、効率的であると提案してきましたが、自治法に言う各都道府県は同等、同レベルの考えから離れる必要があるのではないでしょうか。

 現在でも広域行政に近い形になっている所もあり、効率的な仕事になっています。

 道州制を基本に、民間能力を活用しながら不正防止、自浄能力を持ち、取締、罰則に耐える制度の策定を期待したい。

(元日本計量士会会長、元通産省計量教習所所長)

(以上)

 

計量新報記事「私の履歴書」より

 ●法改正検討を密室にしてはならない
 ●広く門戸を開き、時間をかけて説明を
 ●密室主義の排除を提言
 ●民意を求める姿勢に大拍手
 ●計量関係団体は今こそあるべき姿を訴えよ
 第18回計量賞受賞者、元千葉県計量検定所長、 元流山市助役、現千葉県計量協会・計量士会会長
齋藤 勝夫 
(日本計量新報掲載記事2592号・2597号・2598号より抜粋)


法改正検討を密室にしてはならない

 6月14日都道府県計量行政協議会総会が開催され、民間側としては有難いことに、「都道府県計量行政のあり方検討会」(仮称)の下部組織を設けて、地方機関としてのあり方を検討すると報じられている。必ずや計量行政対象の計量関係団体や計量人の意見や考え方を吸い上げてくれるものと信じている。しかし、いち早く制度改正の情報を入手し、法改正への対応やあり方に関して意見交換をはかるとも報じている。法改正の始めから密室の心配が見え隠れするようでは真の国民にとっての改正にはなるまい。

広く門戸を開き、時間をかけて説明を

 本当かどうか真偽は、はっきりしないけれど、ときの計量の学識経験者の高名の方の言葉として、平成5年の改正時は、万機公論がなく、聞く耳もなかったと、誰が、と聞くと答えなし。聞く耳がついているならば、聞くまで何で叫ばないのか。国会は国民の選んだ議員がいる。何故、その前に大臣室へ行かないのか。答えは返ってこなかった。明快な改正をしようとする理由と、その該当する条文を分かり易く、広く国民に知らせ、その根源を時間をかけて説明することこそ先決であり、広く門戸を開いておかなければならない。自分だけ良ければ他のことは意に介しないであってはならない。

密室主義の排除を提言

 既にこの「私の履歴書」の欄で、先に触れさせてもらった計量法改正の進め方についてである。過去の平成4年の旧法を廃止して新法が衣替えして誕生した際、伝聞(著名な計量の学識経験者の言葉)とはいえ、密室主義で、当時の当局のとある責任者は、聞く耳を持たなかったと嘆いておった。また、今回動き出し始めた法改正がらみで、6月14日に都道府県計量行政協議会総会(計量検定所所長さん方の連絡協議機関)が開催され、「都道府県計量行政のあり方検討会」の下部組織を設けて検討されると報道され、その一方で、いち早く制度改正の情報を入手して、法改正への対応やあり方の意見交換をはかるとも報じられた。私は、法改正の始めの段階から密室主義の心配が見え隠れすると思い、主権在民の現憲法下、そのようなことはあってはならないし、法改正の必要な背景と根拠と理由を国民に向かって説明し、その民意をきくためには常に門戸を開いておくことが鉄則にして基本であると論評した。

民意を求める姿勢に大拍手

 その後の動向は、「新しい計量行政の方向について」と題して去る7月22日付けをもって経済産業大臣から計量法の規定に従って計量行政審議会に諮問がなされ、4つの事項につき、科学技術に裏打ちされた合理的、効果的かつ持統的な制度、体制はいかにあるべきか諮問された。早速7月26日計量行政審議会の第1回会合が開催され、その会議資料が周到に、関係部門に多岐にわたり準備編冊され、必要かつ十分に説明配付され、審議会の議事内容及び配付資料は原則公開の方針が掲げられた。

 説明資料特に資料3においては懇切丁寧に、民意(国民に)に向け説き、民意を求め、民意の意見集約に努められんとする姿勢が示された。特に同資料中の「4 検討にあたっての視点・配慮点−5国民(地域住民)の積極的参画の促進」の項では、国も地方公共団体も積極的に計量法に関する情報提供や啓発活動を行うべきではないか、と説いて呼応を促している。

 なんと過去のこの種法改正、就中、平成4年のときと比較して正に雲泥の差の快挙であり、双手を挙げ、当然とはいえ大拍手である。

計量関係団体は今こそあるべき姿を訴えよ

 そこで、この機を逃すことなく後顧の憂いなく、関係計量団体は良識と節度をもって声を大にして、自らの意見主張を将来に向けて、現実の課題を集約して、あるべき姿を真剣に訴えるべきでありましょう。天のとき、いよいよ明るくなってきた。このことを是非申したかったのである。

(以上)

 

05年計量法の改正作業をどう解釈するか

守ることができて、国民に信頼される計量法と計量器の供給・使用という姿が実現する
地方分権で大きく変貌した地方公共団体の計量行政の実施体制

 日本計量新報論説員 横田俊英(2005年9月5日記)

 05年の7月から計量法の改正作業が公式の会合を開くことによって始まりました。日本計量新報では計量行政審議会と関係する部会の会合の内容を報道しておりますが、この報道で計量法の何をどのように変えようとするのか理解できる人は多くないと思います。また改正の意図どおりに法令が変更された場合にこれまで行われてきた業務や組織がどのように変化し、新たな業務がどのように発生するのかということをかんがえなくてはなりません。

 変化の内容の予測ということでシュミレーションできることが大事です。それが不完全ですとこんなことではなかった、というとんでもない事態が発生することがあります。後で慌てないために十分に内容を吟味することです。

 国際的な計量の規則と調和・融合させること、過度の規制は排除することなどが改正の基本方向になっているようですが、多くの方は経済産業省計量行政室が諮問した文章をどのように読んで、どのように理解しているでしょうか。計量行政審議会に諮問する前にまた諮問後も計量行政室では、公開の会議の場とは別に必要な事項の調査のために、地方公共団体、国内外の計量器製造事業者などから聴き取りをしています。こうした聴き取りから漏れている分野の必要事項はどのように扱われるかといいますと、漏れになることが少なくありません。

 聴かれる人は、聴かれた自分の分野のことしか答えないのが普通です。自分に不利益になると思えば、社会として大事な周辺のことは答えないものです。これまでの聴き取りの結果を総合判断するとそのようにいえます。例えば計量器のことを検討するのに製造事業者団体と製造事業者に対して聴き取りの調査を入れますが、計量器流通の担当分野の販売事業者からの聴き取りが漏れて、大事なことを抜かしてしまうことが起こります。私たちの計量器製造事業者団体とは別に広範囲な未加入事業者がいることや、別の似たような団体があること、別の事業者と利害が対立することなど述べない聴き取りの相手の言葉だけで、物事を判断することが少なくないものです。

 いろいろ調べて文章にして世の中に発表したあとに重要な事項が判明することが多いことを多くの人が経験しているはずです。アインシュタインは論理の美しさを確保するために宇宙定数という概念を盛り込んだことを生涯最大の誤りだったと述べておりますが、ハッブルが宇宙が膨張していることを証明したために、世界の人々がアインシュタインの業績を認めても自身は自分の論理を恥じなければならなくなったのです。調査には果てがないともいえます。計量の世界の人々は公共機関の人々の前ではものを言わない傾向が顕著です。自分たちは何とかなるだろう、公共機関は悪いようにはしないだろうと考えての結果ですが、この思考方法と行動様式はこのところ裏切られてばかりです。それは公共機関が行う調査が行き届かず不十分であることに起因します。計量法の改正の諮問の文書がでてもその内容を理解しようとしない弱小の関係事業者が多いからです。声がないものは承認という判断をすることになりますから、希望は遠慮なく述べるべきですが、遠慮以前に希望を言葉にしてあらわせないのが多くの人々です。法令の専門用語の壁、細かな技術面でのコミュニケーション(意思疎通)の壁は大きなものがあります。

 現在定められている計量行政の施行体制において地方公共団体は組織・財政・技術・知識などさまざまな面で十分でないような状態が発生しております。川上で抑える計量器の検定などはそれなりに必要事項を満足していると思われますが、川下ともいえる設置計量器の再検定ということでの検定満了計量器のそのままでの使用、はかりの定期検査の未受検などが無視できないほどにあるようです。必要なことを決めてあり、その決まりを守ることができる法令であることが望ましいのです。守ることができて、国民に信頼される計量法と計量器の供給・使用という姿が実現するのが当たり前です。

(以上)

 
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