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 計量計測データバンク「日本計量新報」特集記事寄稿・エッセー>新井宏

日本計量新報 2011年2月6日 (2856号)掲載

平壌版王子の乱 

前韓国国立慶尚大学招聘教授 新井宏

新井宏北朝鮮では、金王朝の三代世襲、すなわち、金日成、金正日、金正恩の世襲が既成事実化されつつある。
 最初は、金正日の長男の金正男が継ぐかと思われていたが、昨年、金正日は三男の金正恩を伴い中国に赴き、金正男も立会いの下で、正恩が後継者に決まったことを、胡錦濤主席に報告したという。この報道は、いかにも中国が北朝鮮の盟主国であり、かってのように中国王朝が王位継承に勅許(誥命)を与えるかのごとき印象を与えるものであった。もっとも中国はこれを嫌って、このような金正恩と胡錦濤との直接会談はなかったと、躍起になって否定している。
 中国はもともと三男の金正恩の世襲に強く反対していた。そもそも、共産主義国家で世襲が続くなど理念上あり得ないのに加えて、中国に近い長男の金正男を差し置いて、三男の正恩が継ぐことなど、父家長制が伝統の中国王朝としては認めがたかった。
 それにもかかわらず、金正日が中国を説き伏せたのは、中国にとって、北朝鮮の崩壊が如何に深刻な問題であるかを物語っている。政治体制が極めて強固に見える中国ではあるが、沿岸部と内陸部の経済格差の深刻化に加え、少数民族問題はいつ内部擾乱に発展してもおかしくない。もし、北朝鮮が崩壊して、難民が中国に流入すれば、比較的にうまく行っている朝鮮族問題に火が付くのは避けられない。
 貧困の独裁国・北朝鮮は、核や長距離ミサイルをちらつかせて、世界を威嚇しているが、いまや世界の大国である中国をも翻弄しているのである。核実験の事前通報を僅かに20分前に行った北朝鮮。それでも中国が耐えているのは、北朝鮮の崩壊がいかに大きな被害を中国にもたらすか、冷静に判断しているからである。
 もともと、中国にとって御しやすいのは長男の金正男の方であつた。マカオや香港に活動基盤を持ち、北朝鮮の外貨調達を担当していた正男は、中国政府内にも北朝鮮内にも侮れない力を持っている。
 その証拠が、一昨年四月初め、北朝鮮情報機関の保衛部要員が起こした「ウアム閣襲撃事件」である。ウアム閣は、主にマカオや香港に滞在する金正男が平壌へ来る度に滞在し、知人たちとパーティーなどを楽しむ場所である。
 驚くべきことに保衛部要員たちを送ったのは正恩だった。父から後継者に指名された正恩が、潜在的な脅威である正男とその追従勢力を無力化させるために起こした襲撃事件だった。
 同じ脈絡で見るとよく判るのが、一昨年末に北朝鮮経済を崩壊直前まで追いやった貨幣改革である。これを仕組んだのが他でもない金正恩であったという米国専門家の見解が、暴露サイトのウィキリークスに公開された。
 それは、貨幣改革の反対者に反正恩脈としてのレッテルを貼りつけ、正男派を一気に壊滅させる目的によるものであった。もちろん、貨幣改革反対の代表者は、マカオにいて国際金融に通じる金正男であった。
 北朝鮮の貨幣改革の影響は尋常でなかった。一昨年11月末に電撃的に断行した後の2カ月間、大混乱が起こっている。貨幣改革の目的は、物価の安定が目的であったが、直後から物価は天井知らずのうなぎのぼりで、米価は30倍にも暴騰し、円滑な食糧供給が行われず、餓死者が続発した。貨幣改革の責任者が公開処刑されたのは、金正恩が身を守るために、生贄としたのに違いない。
 だから昨年3月に起きた韓国哨戒艦「天安艦」の魚雷攻撃による沈没事件も、10月の延坪島を砲撃した事件も、今や正恩の権力確立のためのゲームと見なされているのである。
 昨年8月末、マカオと北京を行き来している長男の金正男が父の宿舎を訪ね、「金正恩が無理に貨幣改革を推進して失敗し、これを挽回するために天安艦事件を起こした。なぜ黙認するのか」と抗議したと韓国のKBSは伝えている。
 また、金正恩の世襲が公式に発表された後の日本のテレビ局による金正男の衝撃的なインタビューで、「個人的には三代世襲に反対」と述べた上に、彼の祖国について、正式な名称「共和国」を使わずに「北朝鮮」と呼び捨て、危険水位を超えた発言をしたのである。
 韓国などのメディアは、ウアム閣襲撃事件を「平壌版王子の乱」と報道し、その後も後継者争いに注目している。李氏朝鮮500年の歴史は、政争と政権交代に伴う粛清の明け暮れであったが、そこではしばしば「王子の乱」と称する兄弟間の殺戮が行われていた。その他にも国王による政敵の王子殺害事件も数多くあった。
 共産主義として既に60年以上の歴史を持つ北朝鮮であるが、李朝と同じ歴史を繰り返すのは、何によっているのであろうか。さすがに、金正恩も中国にいる正男には手出しはできないであろうが、何が起こるかわからないのが北朝鮮である。
 (元日本金属工業常務、金属考古学、計量史)
 

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