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日本計量新報 2008年8月31日 (2738号)

日本列島ぶらり旅

「埼玉県の最高峰」甲武信岳に
長野県川上村から登る


標高2475メートルの甲武信岳(こぶしだけ)山頂には日本百名山の標識に埼玉県と環境庁の名称が刻んである。山頂付近は埼玉県の領域だ。甲武信岳は埼玉県で一番高い山になる。

甲武信の名前は拳(こぶし)からもじったとされており、甲武信岳に突き上げる三つの尾根はそれぞれ東が武州、南が甲州、北が信州だ。樹林帯から衝き出た甲武信岳の頭はいかにも拳状であるからコブシの名はここからきている。古地図を見ると、現在の名称は人が好き勝手にもじって適当な漢字を当てて変更したことが分かって腹立たしくなる。川上村の梓の先のモウキ平が一番手軽な甲武信岳への登山口になるのだが、モウキとは毛木と書く地図もあるがその意味が分かる人はほとんどおるまい。新しい地図では毛木場平(もうきばだいら)と書かれているから混乱が大きくなる。

甲武信岳には、この毛木場平から、千曲川の支流の梓川のその支流の西沢に沿った道を3時間30分辿って登り着く。登山道には「千曲川源流遊歩道」と標識が出ているので、地理学の概念が乏しい人には千曲川の源流はここしかないと思いこむ。

埼玉県に所在する甲武信岳の稜線の北側に落ちた雨は千曲川を下って信濃川となって日本海に注ぐ。東側に落ちた雨は荒川となって東京湾に出る。南側に落ちた雨は笛吹川となった後に富士川となって静岡県で太平洋の水となる。島崎藤村の「千曲川旅情の歌」の風情は、源流部にはない。川上村はレタスなど高原野菜の産地であり、夏には中国からきた研修生がレタス畑で朝から働いていて、川上産レタスや高原野菜も彼らが作っている。

拓けた明るい夏のレタス畑の明るさと正反対なのが源流の遡行の行程である。

沢筋の遡行が3時間近く、そして尾根に出ると20分で甲武信岳の山頂に着く。登り口から標高差1100メートルの登山だ。急激な登りのないのが川上村の梓からの登山路。山頂付近を除いて頭上をカラマツ、シラビソ、コメツガ、トウヒなどの針葉樹と様々な広葉樹が覆うため、真夏の登山でも日差しをあまり気にしなくてよい。8月15日の盆休みにでかけたときには白山シャクナゲの花は終わっていたが、山頂付近で1輪の薄桃色の花を見つけて感動した。先にこの山に登ったときには、登山路にシャクナゲの花が咲き乱れていた。

登り始めるとやがて柴犬が現れて、行く道の先々を行ったり来たり歩いて山頂までお供した。登頂後も毛木場平までついて来て、駐車場に広場で身支度をしている間に居なくなった。川上村には柴犬のような「川上犬」がいる。登山の供をしたその犬は梓付近で飼われている犬だったのだろう。それにしても愛くるしい犬で、別の登山者のところに行っては愛嬌を振りまいてまたこちらに戻ってくるという行動を繰り返していた。

犬といえば、北アルプスの穂高岳の大キレットを歩いているときに、やはり柴犬風の犬を連れた山小屋の関係者に出会ったことがあった。登山路でない谷間から突然現れたのには驚いたが、雪渓が消えた後に出てくる山菜でも採りにいった帰りだったのだろう。生態系とか何とかうるさくない時代の山の風景ではあった。

歩いても歩いてもハイライトの少ない毛木場平からの甲武信岳登山は、樹木や川の流れ、そして花を見ることを楽しみとして気を紛らわすとよい。蝶や鳥もその対象になる。

8月15日の登山では、渡りの蝶のアサギマダラがフワフワと飛んでいて、山頂に着くまでに、離れた場所で都合5匹を観察することができた。裾野の樹林帯では胸に朱のあるウソと地味な体色のメスのツガイがおり、山頂付近では大きな体に白い斑点がちりばめられたホシガラスが針葉樹の先に留まっていた。まだ嘴(くちばし)が黄色で尾も伸びていない小鳥が、よたよたと行く先を跳ねて逃げているのを見て、「しっかり生きて行けよ」とつぶやいた。朝、7時に登山口を出発して甲武信岳の山頂に立って午後6時近くに同じ場所に戻るという、普通の登り方の3倍の時間をかけた行程であった。

8月15日には諏訪湖の花火大会がある。山下清が感動した諏訪湖の花火大会だから余程の見事さなのだろう。この日の宿泊料金は通常料金の2倍の特別料金だから、泊まりたくても泊まれないので予約もしない。ということで2食付き6800円の宿、川上村村営(現在は公社)の金峰山荘に落ち着いて夕食を摂ることになる。諏訪湖畔では8月の1カ月間は規模は小さいものの花火大会を開いているから、日を改めてでかけようと、負け惜しみを言いながら、テレビのない小さな部屋でスイカにガブリとかぶりつく。

(写真と文章は甲斐鐵太郎)


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