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第198回NMS研究会報告(2014年8月)

(3058号/2015年5月31日、3059号/2015年6月7日掲載)

アシザワ・ファインテック(株) 塩入一希

 2014年8月2日(土)、品質工学会会議室で、第198回NMS研究会が開催された。主宰から工業標準についての問題提起と、NMS研究会の各メンバーの次回大会の発表テーマ案について話し合われた。

1、工業標準設定方法の研究−校正してこそ測定値−(応用計測研究所(株)、矢野宏)

 矢野がこれまでに関わった工業標準づくりの体験を紹介しながら、自身の体験を振り返って学んだ計測技術と品質工学の関係を話し、皆で議論をした。田口との出会いのきっかけにもなった計量研究所での計測技術研究は、まさに工業会との戦いであった。具体的には軸受に関する硬さ試験の標準片や、樹脂の寸法測定法、標準ガス作成などがある。多くの人は測定をすれば妥当な測定値が得られると思っているがそうではない。そもそも標準や基準ときいても「物理標準」なのか「工業標準」なのかを区別することも少ないように感じる。工業標準は工業会(実際にはサービス業などでもそれを利用する全ての関係者)の合意形成で成立する。そのため各方面の権力が標準設定に圧力を掛けてくる。主要メーカーの平均値を標準とすることもあれば、標準づくりのため著名な研究者など権威者の見解を調整のために必要とすることもあった。測定、あるいは測定したものの利用目的を明確にしながら研究を進めると、繰り返し誤差や測定器バラつきの影響が無視できないことに気付いた。硬さ試験器でいえばメーカーによる測定値の違いは最大1HRCにもなった。それをアサヒ技研とともに研究して0・1HRCの誤差範囲になる硬さ標準試験片の開発に結び付けた。日本は、海外の権威者が作成する工業標準を輸入することが多かった。しかし、貿易摩擦などの影響でそれが輸入できなくなり、危機感から標準を国内で設定しなければならなくなり始めたという事情もあった。標準の設定には大まかなステップはわかったが、それを実践するのは並大抵の労力では済まない。標準を設定しようとする自主性を不特定の他社に期待できるかと考えると、実力のある企業であっても難しいのではないかと感じる。ましてや自身の取り組みを振り返ると、品質工学のなかでは「損失関数までやれ」と激を飛ばすものの、推定する損失を合意形成の場で納得させるのはとても遠い話のように感じた。科学の原理によって測定はされるが、測定の研究成果は「測定技術」と呼ぶ。すなわち測定は自然界にはじめから存在するものではなく、「目的」である訳だ。評価をするには測定をしなければならない。ここに紹介した体験の感想を聞かせてもらいながら議論をしたい。(※以下、議論の内容は発言者を分けずに記述)
 品質工学も工業標準の設定と同じで外部圧力によって普及が支えられている側面がある。昨今のトヨタもマツダに触発された影響もあり、事務機器業界はお互いに事例を出し続けていることが動機となっている側面である。成果アピールを学会等でする企業がいる一方、マツダのSKYACTIVE等は品質工学を強調せずに自然な話のながれで制御因子などの言葉を用いている。コニカミノルタでは計測方法で規定している品質工学の取り組みは広まった。トヨタは標準を創るのがうまい。川島吉男という計測管理をトヨタで築き上げた人物と矢野との座談会記事を皆に配布した(計量管理vol35 No.11 1986)。技術は集団のアートだというがトヨタは集団の力が秀でていた。その力の源泉には、赤字で苦しんだ経験から無借金経営にするため自前主義の企業文化になったことも一因している。コニカミノルタの計測の規定化のように、社内標準化は部門を越えた共通言語で話すにはとても有効である。社内標準を築くのも簡単ではなく、集団を動かす手段は権威を持つか権威者を動かすかである。経営者は社員を路頭に迷わせないようにするためバカなことはできないが、新しいことは奇異とされ、つまりバカなことを始めないといけない。何かを始めるには協力が必要で、その意味では普及を如何にすすめるかは通らなければならない問題である。とはいえ皆の士気が必ずしも低いわけではない。協力者のニーズを汲んだ説明や、成果アピールが重要で、特に外部圧力として競合の事例の紹介も必要だろう。

2、化学物質の危険有害性統合指標と身の回りの化学物質(日本水環境学会、窪田葉子)

 化学物質の無防備な利用の低減を目的に、従来GHSで分類・表示された化学薬品の危険性を、よりわかりやすく、そして混合物である工業製品やミツバチなどにも適用できるようにMTシステムで評価したい。まずは身の回りの日用品を評価して危険性を表示することを検討すると報告している。日用品を評価するにもその真値をどう設定したら良いのだろうかというコメントや、賞味期限は安全性の表示ではなかったり薬の多用接種は当然危険だったり危険性の定義は難しいというコメントがあった。

3、来年の発表テーマ案 安全な義手の開発(芝浦工業大学、齋藤之男)

 義手の動きは以前に増して機敏になったが、一方で本人の意思と動きのずれから口に運ぶ手が目に当たるなど事故も起きている。センサーを用いて安全な義手を開発する研究を学生に課題として取り組んでもらう予定だと報告している。テーマの切り口が重要で先生の切り口と学生の切り口は違うことに注意が必要だというコメントや、品質工学を目的にしないで結果として品質工学的な考え方で取り組めたという形が良いというコメントがあった。

4、日本企業の業績研究の継続の方向性(キヤノン(株)、吉原均)

 日本の上場企業の約2500社をMTシステムで評価する研究を2014年のQES大会で発表した。現在企業の研究開発費の情報を集めている。一流企業の研究開発費の上下は世論を巻き込んで話題になるが、それが成果や利益にどう結び付くかは自明ではない。研究開発費の他にいくつかの指標を新たに集めて業績研究を発展させたいと報告している。松浦機械の天谷は数個のサンプルを分解していくことでデータ数を増やして興味深い分析結果を出したので参考にすると良いというコメントや、長寿企業というのは特異データと思えるので、やはり単位空間の特徴をも、もっと検討すべきであるとの指摘があり、単位空間の項目特徴を検討するのを優先することに方向転換することになった。

5、レーザー粉体肉盛溶接機の評価について(神奈川県産業技術センター、高橋和仁)

 最終的には電力評価をしたいが、まずは接合や肉盛り加工したサンプルを破壊試験にかける実験をおこなう。試験機に設置する際、サンプルを切り出す工程もあるので、破壊試験に掛けるときのサンプル形状をFEMで計算して最適化することも検討している。表面処理や接合など機器使用の目的が様々あるので目的機能の明確化をしたいと報告している。できの良い肉盛りとはどういったモノかを定義するのは大変そうだというコメントや、アサヒ技研の実験は荷重の保持時間なども標示因子に組み込んでいて良い実験なので参考にしてみてはどうかというコメントがあった。

6、フォード・ピント事件を例に損失関数の問題提議(キヤノン(株)、吉原均)

 1970年代初めにフォード社が発売したピントは、欠陥があるのを知りながら目先の利益計算(便益計算)により発売を強行した裏事情があり裁判に発展した。社会損失低減を考える損失関数でも同じ結果になってしまうのかと問題提議があり、それぞれの意見を挙げた。損失関数では、他者の自由を奪うような事故が発生することが明らかなときは安全設計をすることが前提である。しかし、ピントは事故時に火災発生が確実に起きることが既知であるので機能限界を遥かに超えている。欠陥を隠すことで消費者には選択の自由を与えていない点でそもそも間違っている点、事故率は問題にする機能限界以前の問題であるので、恣意的過ぎる点などが、フォード社の見解に誤りがあると議論する。またフォード社は11ドルの改修費用で炎上防止はできるが衝突防止には影響しておらず、改修前の車体は12回の内11回が炎上したという情報もある。これらを含めるだけでも、事故時の損失は跳ね上がるように思える。いずれにしても、設計の問題として扱うには情報(仮定)が少ない。

7、品質工学賞受賞者の進退(応用計測研究所(株)、矢野宏)

 品質工学で失敗すると責任を多く背負うことになる話を聞く。異動により設計から離れて管理部門(特に環境や労働安全など)に行く者から、自身が会社から評価を下げられて士気が下がったと聞いた。しかし、新たな環境で品質工学を実践できるのはチャンスである。より難しい問題に挑むことができる。そして論文化してすぐ成果として記録するのが大事である。KYBの満嶋のように顧客からの設計制約条件が多い場合もある。交渉力の強い企業は顧客に設計変更を申請する。自動車の照明などは意匠デザイナーがすぐデザイン変更をしてしまう。顧客関係であれ異分野であれ、技略である品質工学を用いてさらに結びつけることはできるのだろうか?技術は再現性と汎用性と先行性と田口は定義したが再現性ばかりを利得で議論されているというコメントや、汎用性は信号の取る広さで先行性はテーマ選択で共通に議論できるのではないかというコメントがあった。
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