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日本計量新報 2016年3月6日 (3094号)

井伏鱒二が長良川で鮎釣りをするためにした情報収集

長良川に遡上する鮎が減った。後ろにも前にも進むことができなくなっている長良川河口堰である。この河口堰が原因でないと言い切ることはできない。人は考えなしに河川に手を入れてきた。その失敗が環境保全絶対の環境原理主義を生んでいて環境省がその象徴である。「環境」とは何なのかその意味が分かりにくい。

鮎が居るようにするために琵琶湖の稚鮎を採集したり、卵から育てた稚鮎を放流している。そのようにしないと鮎釣りをするのに適した数が川に居るようにはならない。長良川を含めて日本の鮎釣り河川は同じような状況にある。鮎釣りをする人が集まることで川筋の経済ができあがっている。長良川は山々や人里と川がおりなす景色と文化によって日本一のの鮎釣りの河川である。

魚が増えた減ったということに理屈づけをして短絡することはよくない。いまはサンマ(秋刀魚)が減ったと騒いでいる。10年か20年前には冷凍庫に秋刀魚があふれていてその処理に困っていたのだ。漁法が発達すれば海の魚は根こそぎにされる。ニシンもハタハタも乱獲したために獲れなくなった。

昭和の40年ころ(1965年ごろ)には高校を卒業して名古屋にでた人が郡上八幡に盆休みに帰省して鮎釣りをすると、1カ月の給与と同じ金額を1日で稼ぐことができた。郡上八幡(郡上市)には川魚の漁協が運営する市場があって鮎の買い付けをしていた。京都や大阪や名古屋の料亭で夏の味覚として提供される。放流された鮎が育って漁獲されると長良川の天然鮎として扱われる。長良川の鮎は食べて美味しい。相模川の鮎は泥臭い。鮎の味がわかれば食通であるが、こんなものにはならなくていい。

鮎の友釣りの好河川である長良川はもともとは餌釣りであった。戦中に伊豆の狩野川筋で生まれた山下という人が木曽川水系の馬瀬川に流れてきて、その人をつうじて長良川に鮎の友釣りが広がった。

井伏鱒二は長良川に鮎釣りにでかけるにあたって、中部日本新聞岐阜支局長の紹介をうけて岐阜市の2名の釣りの達人と先生に川の状況と釣りの仕掛けや釣り方を聞いた。昭和30年もなかばを過ぎるころには長良川には鮎の餌釣りをする人はいなかった。井伏鱒二は伊豆の河津川で友釣りをしていたそばで10倍もの鮎を餌で釣る人をみて、この釣りを長良川でしようとした。岐阜の宿の前では鵜飼いがおこなわれていてそのようすを眺めていると、宿の女中は「この辺に鮎はおりませんよ」というのであった。すると鵜(う)に出漁前に鮎を沢山飲ませておいて、それを吐き出させているのか。謎に満ちた言葉だ。

井伏鱒二は岐阜市に泊まった後で長良川上流の相生にでかけた。教えられた釣り場に降りると土地のガソリン店の渡辺年男という人が友釣りで入れがかりをさせていた。井伏鱒二が目論んだ餌釣りは禁止されているハヤ釣りと間違えられるのできない。連れの男の友釣りの手伝いをして井伏鱒二が1匹を釣り、男は1匹を釣った。おとり鮎が弱ると底に沈まないので熊本の人吉では鮎の腹を割いてオモリを入れて糸で腹をくくることを岐阜市の名人に話した。すると名人は当地ではオモリを飲ませてしまうのだという。このような話をしていたのである。

鮎を釣るために岐阜市で人に話を聞き、現地に行ってからは川にいる人に釣り場と鮎の行動を聞く。随分と手間がかかることであるが、新聞と雑誌しかなかったこの頃には良い釣りをするために労を要した。昭和30年代に作家として名をなしていた井伏鱒二だから新聞社に連絡すれば名人を紹介されもした。河川状況などを知るために現代は何をするか。釣り雑誌、解説の映像ほかがあふれている。水況は国土地理院の河川監視カメラをみればいい。釣具屋や宿そして漁協などが川を映すライブカメラを稼働させている。釣果情報も毎日新聞とWebに掲載される。

ある目的があってそれを実現するために情報を集める。その情報を得るために井伏鱒二は岐阜市の名人の話を聞く。長良川に釣りに行く前にしたのである。この時代は何をするにも手間と暇を要した。流行作家あるいは大家となっていた井伏鱒二であれば原稿一枚がいくらと、どのようなことを書いても原稿料が稼げた。井伏鱒二であったから道楽の鮎釣りをしてそのことを文章にしてお金が稼げた。その行動からうまれる文章は民衆には娯楽であった。井伏鱒二の長良川への釣りの旅行のなかに、釣りを成功させるためになす情報の収集に掛けた手間と暇の多さをみることができる。

専門分野の普通の情報であれば専門の情報誌紙がこれをまとめている。そうした普通の専門情報を得るために旅費や手間をかけなくてよい時代になっている。インターネットによって現場のようすがそのまま伝えられる。専門誌紙の情報はそれを求める人のために分類され整理されている。雑多な情報をそのまま受け取ったのでは頭が混乱する。専門誌紙の情報はその専門分野の知識によって選り分けられている。個々人でそれぞれに同じ作業をすることは社会としては無駄な労働になる。情報整理の代行業務によって多くの人の時間と労力を節約することを専門誌紙がしている。書籍代や新聞代といった費用は情報収集と整理分類といったことの代行費用だといういいかたができる。大事な判断をするためにはさらに突っ込んでの情報収集をしなければならないことが多い。

長良川で鮎を釣るために井伏鱒二がなした行動を手本にして、自らのある目的を実現するためにその知識を含めた情報を集めることに精魂こめるとよいであろう。目的への強い思い、執念と粘着力といったことがあってこそ情報は集まる。その情報を分類整理して対処する場面で知恵が発揮される。井伏鱒二の道楽にかける無尽の熱意はどのような思いにもまさるもののように見えてならない。

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