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日本計量新報 2012年9月16日 (2933号)

被災地の漁港ではハカリが動き、処理施設で大型ハカリが稼働

この夏に岩手県の三陸地方の3・11震災の被災地を取材で回った。
 街に散らばった地震、津波、火事による破損物、流出物などは撤去されていて、道路はすべて修復されているのは良いとしても、被災者は仮設住宅と呼ばれる応急住宅で暮らしている。その応急住宅は小さく狭く不出来なもので、夏の暑さに対しては掘っ立て小屋に等しく、摂氏30度を超えるこの夏の猛暑にはエアコンで対応するとしても、そのためには電気代がかさむ。

 8月1日に釜石市、大槌町、山田町、宮古市を国道45号線沿いに走った。国道45号線は海岸沿いを走る道路であり、被災直後はこの道路は流出物で埋まり、橋が壊れていた。道路の復旧は見事といってよいものの、街の復旧と復興はまだこれからである。

 それぞれの市町村が独自の復興計画を立案したのが2012年3月末ころであるから、復興の槌音がまだ聞こえないのは止むを得ないとしても、全体としては遅れているという印象を持つ。
 盆に郷里に帰った釜石市出身者がインタビューに「被災直後に来たときと何も変わっていない」と驚きと嘆きの言葉を発していたのが印象的であり、普段の報道が国などの行政側の視点に立っているために、そのような状況が目に入らないようだ。

 そうした報道で思考を巡らしている人々が、これから復興需要が興るというように、一般的な経済視点に立っているのが気にかかる。三陸の復興を支援しようとするときには、被災者の心に寄りそって、気持ちを一つにして、できることから手を携えることが求められる。阪神淡路大震災の直後に「復興需要で経済が潤う」と短絡的な言葉を述べた人の無思慮を思い出す。
 釜石市漁港の繁華街はホテルの2階まで波に洗われたにもかかわらず早期の営業再開をしたのは見事であった。またコンビニエンスストアのローソンは被災直後にいち早く営業を再開して、食糧品などの供給に力を尽くした。釜石市の漁港に隣接する東北銀行は浸水したビルはそのままにして、津波が到達しなかった場所に出張所を設けて営業している。津波に襲われた商店や家屋は外見は被害が少ないようであっても、水道や電気設備の具合などによるものか、取り壊されてしまう事例が多い。釜石市の被災商店は意地を張るように数店だけが店を修復したり、応急店舗などを建てて、営業をしているものの、仕事がないために生活資金が不足がちな被災者の財布のひもは固いので、商売が採算に乗る状態ではない。

 山田漁港では不十分ながらも市場を再開していて、定置網にかかったブリを水揚げしていた。定置網漁船が港に着くころには数人の仲買人が集まってくるのは何時ものようすであり、海の街の復興は漁港からということになる。水揚げされたブリは早速ハカリにかけられて、競りが行われていた。定置網漁船には通常の2倍ほどの乗組員が乗船していたのは、船が流されたために、別の定置網の漁船の乗組員が乗船しているからなのであろう。被災地向けのハカリ需要としてトラックスケールが多いというのが、関係事業者の答えである。山田漁港では津波による破損物の処理施設ができており、ここにはトラックスケールが置かれている。以前はこの施設もトラックスケールもなかったものであり、震災にともなう特別な状態である。

 岩手県南の内陸部でも地震による家屋の被害が多数でているので、工場などの計量設備などの破損があったことが推察される。東北自動車道、常磐道車道が地震によって、波打ち、陥没していたことであるから、この方面の計量設備、工場設備が無傷であることはあり得ない。3・11震災直後からトラックスケールに関係する事業者の新設工事、修理工事その他で忙しい日が続いている。

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