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第197回NMS研究会報告(2014年7月)

(3056号/2015年5月17日、3057号/2015年5月24日掲載)

アシザワ・ファインテック(株) 塩入一希

 2014年7月5日(土)品質工学会会議室で、第197回NMS研究会が開催された。品質工学発表大会の振り返りとして、発表者の再発表と参加者からの感想を集めた。

1、エンジン燃焼における壁温分布の最適化(トヨタ自動車(株)、不破直秀)

 新興国で使用されるガソリンは、混入物が多かったりエタノールで希釈されたりする。そのような使われ方ではエンジンが早く腐食してしまう。エンジンへの吸気量と、冷却水の流入量の2信号から、温度の出力をシミュレーションした研究である。エンジン駆動開始からの経過時間は標示因子ωとして扱い、結果を細かく見ることで温度変化のしやすい部位を見つけるなど、感度βとの関係から興味深い傾向がわかったと報告している。誤差Seが大きいのは原点を通らない測定になっているからではないかというコメントや、温調機器の使い方は車業界でも複雑化していくようだというコメントがあった。

2、ローマクラブの提案をヒントにした地球における国政の変化の研究(キヤノン(株)、吉原均)

 ASI賞を受賞した2013年の発表である。各国の人口やGDPなどの統計情報をMTシステムで評価し、安定国家か不安定国家かを評価できるかを検討した研究であった。専門家が安定国家とした国を単位空間にして分析をすると、先進国や急成長が著しい新興国の誤圧距離が大きいことがわかる。時系列で誤圧距離の変遷を調べ、項目診断で特徴を見ることができたと報告している。ビッグデータの解析に挑戦したとしてASIから評価されたというコメントや、MTシステムは社会科学分野に活用可能性が多いというコメントがあった。

3、日本企業の業績研究における単位空間の検討と企業の項目診断(キヤノン(株)、吉原均)

 日本の上場企業の約2500社において、公開されている財務データなどを標準誤圧で評価する企業研究である。トヨタを例に見ると、2007年が特異な状態で2008年から2011年までは似た状態だということを示していると報告している。2008年から2011年はトヨタ社内でも品質・開発の体制について議論の多かった時期だったというコメントや、単位空間をさらに絞り込むことでさまざまな特徴を取り上げられるようになりそうだというコメントがあった。

4、はみがきチューブ接着工程の最適化(ヱスケー石鹸(株)、安藤欣隆)

 クレームで明らかになった不良を上流の生産条件の最適化をしたうえで下流の検査工程まで展開した事例である。事例を基にマクロ視点を部下に教育しようとしている。学会誌の「会員の声」などからも良いヒントをたくさん得たと報告している。「会員の声」の引用について、貴重な情報のネットワークを示しているというコメントや、損失額を正確に算出するのが大事なのではなく損失関数は相対値ということを作業者に理解させることが大事というコメントがあった。

5、画像シミュレーション技術を用いた構想設計の最適化検討(コニカミノルタ(株)、近藤芳昭)

 設計者が構想している段階でロバスト設計を適用させる試みである。印刷したときのトナー濃度の均一性をシミュレーションで評価し、実機で比較実験までをおこなった。実機での条件は既存品を利用したため条件設定すべてを取り込んではいないが効果の観測はできた。損失関数でどのように表現するのかを検討中と報告している。部分最適で効果のあったものも全体で見たら効果が少ないことまでよくわかる結果だというコメントや、品質保証部の成果物を開発部門がどこまで受け入れられるか気になるというコメントがあった。

6、大会の感想

 興味深いテーマが毎年発表され、年々司会がまとめる論説も内容が深まり、学びの機会になったと、概ね好評な意見があった。その他、問題提議や要望として以下のようなものがあった。
▽大会テーマが先に公開されてから募集するのはいかがか?
▽司会の論説は、他の発表(論説)を見なくて良いように、独立したものであると助かる。
▽司会の論説資料は重要な内容を含むので、きちんと資料に残したほうが良い。
▽品質を測るなというだけでなく、改善の余地があることに視点を持っていくべき。
▽報道・出版業界は話題性も重要。成果がわかりやすい事例が出てくることも期待される。

7、品質工学の手法における納得性の研究(日精樹脂(株)、常田聡)

 社内若手技術者に自身の論文を読んでアンケートに答えてもらった。NMS研究会メンバーのアンケート結果と合わせると、NMSメンバー単独のときと評価結果が異なった。社内の人は実験装置や経験則に依る知識に、NMSメンバーはエネルギー関係に着目する傾向があったと報告している。アンケートに書かれた点数以外のコメントをどう解析するかが重要というコメントや、「まねが育むヒトの心」という書籍がヒントにならないかというコメントがあった。

8、レーザー粉体肉盛溶接に関するいくつかの研究課題(神奈川県産業技術センター、高橋和仁)

 レーザー粉体肉盛溶接装置は、粉体を吹き付けながらレーザー照射で溶融させる装置であるが、通常の肉盛り溶接よりも材料組成の自由度が多く、内部欠陥や母材への熱影響が少ないと言われている。しかし、求める機能に対して実際にどれほど優れているかは評価されていない。電力測定を活用して評価を試みる研究を始めると報告している。レーザー照射面積とレーザー強度が制御因子に含まれるならば水準ずらしを検討した方が良いというコメントや、母材の材種は制御因子に入れずに標示因子の方が良いのではないかというコメントがあった。

9、フォード・ピント事件を例に損失関数の問題提起(キヤノン(株)、吉原均)

 1970年代初めに新型車ピントを開発しているフォード社は、安全性を上げるための設計変更コストより、事故時の賠償金額の方が安いと費用便益計算をして、欠陥を知りながらピントを販売開始した。翌年、欠陥によって死亡事故に繋がり、元社員の告発により多額の賠償金を請求されて企業の信頼も失った事件となった。フォード社の費用便益計算は結果的に大きな損失に繋がったが、損失関数であれば良い判断が下せたのか。効用の最大化を狙った功利主義と、自由の総和の拡大を狙った損失関数ではどのように違うのかを考える事例にならないかと問題提議があった。合理的な判断と言いながら確かに他社比較が事実上多いので損失関数の理解は重要だというコメントや、事故の発生確率を入れた費用便益計算だとしたら損失関数とは比較がし難いというコメントがあった。

10、タグチメソッドの新展開について(応用計測研究所(株)、矢野宏)

 田口先生の言葉は本質を捉えているがわかりにくいと言われてしまう。「品質が欲しければ品質を測るな」と言葉も、品質特性では加法性が成り立たず再現性が得られないから推奨しないという意味で、チューニングも全ての要素を調整するのではなく、ロバスト性を向上させたあとで1つの因子で調整することを奨めている。このような基本的なことを理解したうえで、新しい展開について皆で考えたい。今回の大会や皆の感想を参考に、田口先生の取り組みを整理しながら興味深い3つのテーマを挙げる。@パラメータ設計とMTシステムの融合、A時間計測に依るβ×ωの効果(トヨタ自動車の事例)、Bヴァーチャル設計である。これらについての事例を増やすとともに、NMS研究会メンバーには論文投稿を期待している。
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