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私の履歴書 蓑輪善蔵(日本計量史学会会長)                 

度量衡法改正から環境計測の取り込みまで

 

 

 

計量研は4部制に

 1956年になり研究体制が更に充実されることになり、計量器と計量行政にかかわる部署が第4部にまとめられ、豊沢陽二さんが部長、第1部に長さ、硬さ、表面粗さなどの研究室、第2部には質量、温度、圧力などの研究室、第3部では力、流量、粘度などの研究室が配置され各部に課が置かれました。第2部は米田さんが部長、第1課長が中谷さんで高温、常温、低温などの研究室、第2課長が小泉袈裟勝さんで金田良作さん、西端健さん、須藤清二さんの圧力研究室、高橋照二さん、小林好夫さんの質量研究室、それと私と河崎さんの密度研究室でした。小泉さんと圧力研究室は水銀面を白色光による干渉で検出する標準気圧計の基礎設計を始めていて、再び水銀の精製を基準密度浮ひょうの器差測定と並行して行うことになりました。水銀の精製は結構大変でしたが、非金属除去の洗浄から三段式の蒸留器による蒸留を行ない、後水銀を密閉保存しました。

アルコール濃度の研究

 4階研究室の隣西側の大部屋は鎌田正久さんの時間の研究室で、坂倉知巳さん、大月正男さんとフランスの国際度量衡局に移った後重力測定で有名になった佐久間晃彦さんがいて、時計のコンクールなどを手がけていました。昼休みは講習室での卓球か、坂倉さんに碁を教えてもらっていました。

 角砂糖を精製し、砂糖溶液の比重と濃度の関係を測定し、標準蔗糖度浮ひょうの器差測定や浮ひょうの検査方法などの検討を行っていました。その中でエチルアルコールと水との混合液の濃度と比重との関係が不十分であることがわかり、この研究に主眼を置き始めました。

 エチルアルコールは酒類のアルコールとしてよく知られていますが、日本酒のアルコールの濃度は、日本酒を蒸留しアルコールと水だけにした後、水を加えて蒸留前の体積にし、アルコールの濃度を目盛った酒精度浮ひょうを使い測定しています。

 基本的に浮ひょうは密度、比重の測定器で、アルコールの濃度を目盛る為にはその濃度と密度、比重との関係を詳しく求めておかなければなりません。この関係は外国でも、日本でも1820年から1910年代にかけて測定されたいくつかの関係表を使っていて、桁数の不足や、相互間の不一致もありました。又、醸造酒類は体積による製造、販売でアルコールの濃度も体積%ですので、温度を定める必要もあります。

 このような事から、実験を始めましたが、最初の問題は純アルコールの精製とその密度の決定でした。アルコール水溶液は大気中で蒸留することでは94体積%までしか精製できませんので、共沸混合物を作って蒸留したり、更に水素気流中での蒸留などを行ない100%近いアルコールを作ることが出来ました。

 しかし、極めて吸湿性の強いアルコールは純アルコールとして取り扱うことは至難の業ですし、純アルコールの確定もまた難しいことです。河崎さんの発案もあり、純アルコール付近でカール・フィシャー試薬を使い含有する水分の量を測定して、逆にアルコールの濃度を求めることにしました。100%附近でアルコール濃度と密度測定を繰り返し、外挿して純アルコールの密度を確定しました。

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