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私の履歴書 蓑輪善蔵(日本計量史学会会長)                 

戦時色が強まる中で

 

 

 

技手に任官

 前年の11月1日に商工省は大部分が軍需省になりましたが中検は農商務省の所属になっていて、所長に叱られたものの3月31日づけで農商技手に任官していました。計圧器係には谷川さんの外には次席の技手須藤達郎さん、雇員の白井岩一さん、玩具作りになりたいと言っていた中村さん、フクちゃんとあだ名のついた和田さんが居ましたが、須藤さんは病気療養中でこの年退職しました。白井岩一さんも居られたように思いますが、白井さんは一度退職し、敗戦後に再就職した筈です。

計圧器係に

 計圧器係は圧力計、真空計、聯成計の検定係で約10基の試験機を使っての作業で、油だらけの作業服が所内でも有名でした。感化院と呼ばれた原因の1つは谷川さんの小言にあったらしく、2時間、3時間に亘ることは普通のことでした。

 2カ月間くらいの間でしたでしょうか、何故か谷川さんに反抗する毎日で必要以外口も利きませんでしたが、仕事の方は検定心得と言う極めてよくできた手引書があり仕事には支障はありませんでした。

感化院谷川盈科さん

 朝9時に出勤して9時30分に早退したことがあり、日計簿(毎日の処理した検定数を記録する帳簿)にでかでかと蓑輪9時30分早退と書かれたことも有りました。ある日のこと、玉野さんが検定室にこられたとき、谷川さんと、玉野さんの言葉を伝えたかどうかの、言った聞かないの水掛け論を言い合ったことがありました。

 これがキッカケだったとは思いませんが、多分谷川さんは次席と認めたのか、その後少ししてから、今度は谷川さんと極端な友好関係になり、全面的な信用を得ることができ仕事も楽しく色々のことを教えてもらう様になりました。

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